目覚めて醒めて
チュンチュン
小鳥が鳴き、朝日が差し込み始めてくる早朝。
もそもそと、出来るだけ音を立てないよう部屋の中を移動する2人の男がいた。
その手にはしっかりと墨と筆が握られている。
部屋の主は静かな寝息をたて、全く起きる気配がない。
夜襲ならぬ朝襲。
だが適当な危機感のかけらもない名前の通り、今日も平和な呉であった。
「よっしゃ、熟睡してる」
「幸せそうに寝るねぇ。そんなやつには・・・」
サラサラサラッ
2人は筆に墨をつけると、部屋の主―――の顔に落書きを始めた。
「ん・・・」
墨の冷えてぬっとりとした感触。
顔中を駆け巡る筆の動きに反応して、の眉間に皺がよる。
無意識の内に手で払ったりするも、その感覚は途切れない。
少し我慢するが、やはり気持ち悪く、はとうとうゴロンと寝返りをうって、その感覚から逃れた。
さぁ、これで寝れる・・・・
の表情は穏やかなものへと戻った。
が、
その直後大笑いする声が室内中に響き渡り、結局は起こされる。
「・・・・ぶぷっ、ぎゃっははははっ!!!」
「あはははっ!!ひーっいい加減起きろよ〜!!」
「う、んー?」
呻き声をあげて一度うずくまる。
頭がぼや〜っとするのだが、響き渡る笑い声によってだんだん脳が覚醒する。
誰の笑い声だと、はうっすら瞳を開くと、その視界に凌統と甘寧が映った。
・・・・・・・・・凌統と甘寧・・・?何で笑ってんの・・・・?
よくよく見ると、2人の手には真っ黒な墨と筆。
あれ?布団も黒く・・・・・・・・・
ハッと気付き起き上がると、しっかり自分の枕周辺が黒く汚れている。
顔を片手で触ってみれば、触れた部分に墨が・・・・・
「ぎゃーーー!!!!」
は絶叫した。
の顔は、落書きされたものが寝返りをして擦れたことによって、ただの顔面黒い気持ち悪いものになっていた。
「信じらんない!最悪!最悪だ!」
は汚された一式全部を井戸前で洗濯しながら、犯人である凌統と甘寧にイライラしていた。
普通乙女の顔に落書きするか、部屋に侵入するか、そして
「いーじゃん、面白かったから。美味しいぞー」
「本当に美味しいなーこれ!もっといっぱい持ってくりゃ良かった」
反省しないどころか、甘寧は勝手に人の部屋を漁って見つけ出したお菓子を持ち出し食べている。
串刺しにしてやりたい。
は怒りを洗っている手に込めてその感情を抑えた。
「ところで、陸遜って朝はえーの?」
「は?何の話?」
「時々邸に帰らず城で寝泊まりしてんだろ」
「あぁ、そうらしいね」
凌統の問いには適当に答える。
大抵執務室に行けば既に陸遜はいるし、の方が早く仕事を終える(決して仕事が早い訳ではないが)ので、彼の生活がどうなってるのか知らないが。
仮眠室があって、時々使った形跡があるから、そうなんだろう。
それより、
「・・・・・・・・・・・・・はぁ。何でこーいうことするかなぁ」
は盛大な溜息をついた。
まだ怒りは治まらないが、力を込めている拳が疲れて気力を削ぐ。
しかも2人は若いといってもより年上だ。
子供のやり過ぎた悪戯を叱るならまだしも、なんでこんな大の男を説教しなきゃならないんだ。
怒りより呆れが強くなってくるのも仕方ない。
それなのに、ボケ(と受け取ることにする)は終わらない。
「いやぁ、それほどでも!」
「褒めてない」
何を勘違いしてるのか照れる甘寧に、は某アニメ番組を思い出しながら冷ややかに突っ込んだ。
駄目だ。もう今日は何を言っても駄目な気がする。
せっかくの休日を朝っぱらから台無しにされ、どっと疲れを感じているは、早く、とにかく早く2人から解放されたかった。
だが、そんなの願いとは裏腹に、凌統と甘寧の真の目的はここから。
「なぁ、お前も暇なんだろ?」
「あのー目が見えないんでしょーか」
「今だけで、終われば暇だろ!」
「本当なら今も暇なのに、誰だ落書きしやがった奴はぁあああ!」
「他の奴らにも悪戯しようぜ!」
甘寧の提案には目をパチクリさせた。
そして意気揚々としている2人に、やっぱり反省してないらしいと呆れる。
どれだけ今私が汚れを落とすのに必死か見て分からないのか。
しかも何故私を誘う。
はツッコミする気力も失せているので、黙々と作業し関わらないことに決めた。
「なぁどうだ!」
「…………」
「おっと俺ら2人を無視する気かい?」
「…………」
「ちょっとした冗談だったんだからそんなに怒んなっつーの」
「…………」
「うおりゃあっ!!」
「ぎゃっ!?」
いきなり背中を押されて、前のめりになる。
そして勢いのまま、敷布を洗っていたたらいに顔面をダイブした。
バシャンと小気味良い音が跳ねる。
たらいの底が深い訳もなく、おでこをゴツンとぶつけて鼻にも水が入って、すぐには顔をあげた。
こ、こいつら・・・・・・!!!
顔だけでなく服も多少濡れて、は怒りで肩を震わせたが、それも吹っ飛ぶ悲惨なめに遭うこととなる。
「〜、一緒に遊んでくれよ〜」
「この通りだって〜」
「ぎゃああ!何!?何すんの!?」
甘寧と凌統は口では懇願するも、それぞれの両脇と両足を抱え上げ宙に浮かせる。
そして井戸の前に運んで、まさかの、を井戸の中に落とす体制に入った。
「ぎゃああああ!!!やめっ、ちょ、冗談になんないって馬鹿!!」
「何も劉備暗殺してこいって言ってる訳じゃないんだから、乗ってくれたって良いじゃないの」
「当たり前だぁああ!んな事したら尚香に暗殺されるわぁあああ!!」
はパニック状態で悲鳴を上げるも、体はピタッと固まっていた。
下手に動くと本当に落ちかねない。
これ、落ちたら死ぬよね!?本気で洒落にならない!!
それなのに脅しはエスカレートした。
『そーれそーれ』
左右にの体を揺らすのである。
本当にその手を放されでもしたら、井戸にポーンヒュウウウチーンである。
とても分かり易い表現だ。は遂に観念した。
「いやぁあああ!!分かった!悪に加担するから!!悪魔に身を売るからぁああ!!!」
「どういう意味だよ」
やろうとしていることは只の悪戯なのに、この言われようは何なのか。
2人はが折れたので井戸から離れてから丁寧に地面に降ろしてあげた。
しかしあまりの言われように甘寧と凌統は顔を見合わせしょぼくれる。
「俺ら悪だってなー」
「なー」
「言っとくけど、1回だけだからね」
「でも悪役も格好良いよなー!!」
「人の話を聞け」
沈んだと思ったらすぐ復活する甘寧に、心配することはない。
それより変な約束を取り付けてしまい、の気は重くなるのであった。
「・・・・・・・・・・・・・」
「ん・・・・・・・?」
耳元で囁かれ、くすぐったさに身を捩らせながら意識を覚醒させていく。
横に居たのは凌統だった。
火の灯った蝋燭を持って、既に離れた顔はを見下ろしている。
あぁ・・・・・悪戯しに行くんだっけ・・・・・・・昨日より早くなってないか?
時計が近くにないので確認しようがないが、夜のままじゃん、という辺りの暗さに、感覚がおかしくなりそうだ。
「ほら、行くよ」
「ごめ・・・・・・・ちょっと待って」
寝台から起き上がると、軽く髪を手で梳かしながら、は上着を一枚羽織って凌統の後を追った。
まだ日が昇り始めてもいない早朝の寒さに、否が応にも脳が目覚めてくる。
それにつれ、歩いている道のりにアレ?と思い当たる節があった。
この道は良く通る・・・・・どころではなく、基本的には毎日通っていた道で・・・・・
目的地の部屋の前には、甘寧が筆と墨を持って待っていた。
その部屋―――そう、もよーく知ってる奴の部屋。
陸遜の執務室である。
はい死亡フラグきたー(棒読み)
の寝ぼけていた脳は一気に覚醒した。
「ちょ、ちょっと待って!やばい!陸遜はやばいって!!」
「しーっ、大きな声出すなっつーの」
「早く行こうぜ」
「えっ、嘘、マジでか」
の制止も聞かずに中に侵入する2人に、どうすれば良いか分からず一応もついていく。
不安、というより嫌な予感しかしない。
本気でヤバそうだったら真っ先に私が土下座して謝って止めなきゃ。
陸遜が怒った時の心得を習得しているは何度も脳内シミュレーションした。
室内は真っ暗。
部屋の奥に仮眠室があるのだが、本当に陸遜はいるのだろうか?
仮眠室は、その名の通りに仮眠したい場合。
または仕事がかなり遅くなって期日までに間に合わないだとか、時間が遅くて家に帰るのがめんどいなど、何にしろ切羽詰まってる時である。
ということは、いるならば多少なりとも疲れている筈。
貴重な睡眠時間である最中かもしれない。
色々行き詰まってイライラしている可能性もある。
結果、やっぱり、絶対ヤバい。
昨日出勤してないからなぁ、締め切り間近の仕事はなかったと思うけど、でも突然入ったかもしれないし。
うぁあああこんな事なら昨日の状態をチェックしとけば良かったぁあああ!!
「いたいた!」
先に入った甘寧の声がの耳に入る。
もこそこそ中に入ると、陸遜はいた。
穏やかな表情でぐっすり寝ている。
その寝顔は、まるで――
「すげー、天使みたい」
思わず凌統が漏らした言葉、まさしくその通りだった。
喋れば悪魔、黙ってれば天使、という例えがよく似合う。
なんだ、陸遜も幸せそうに寝れるんだ、と普通に考えれば失礼なことをは思った。
「さてさて早速いきますか」
甘寧と凌統がニヤリと口端をあげ、楽しそうに落書きの準備をする。
それを見たは居たたまれなくなった。
「ねぇ、やっぱやめない?可哀想だよ」
「なに?も落書きする?」
「違うっつーの」
思わず凌統の口調が飛び出たが、2人は準備をやめない。
だがどうしても、今更と言われても仕方ないが、この穏やかそうに寝ている陸遜の邪魔をしたくない。
良心もあるし、いつも一緒に仕事をしている身として普段どれだけ忙しいかを一番良く知っているから、
このせっかくの休息時間を邪魔したくない。して良い筈がないのだ。
触らぬ陸遜に祟りはないとも言う。これで今日の執務が怠慢になって被害を被るのは絶対自分に決まってる。
仕方なくは、陸遜を起こさないよう大声を出さずに強行手段に出た。
腕を伸ばして甘寧から筆を取り上げるのである。
「ていっ」
「あ!?」
甘寧から筆を奪うことに成功。
しかし馬鹿でも武将、一瞬遅れをとってもすぐに反撃にうってきた。
の腕を掴み、再び取り戻そうとする。
「だめだって!」
「凌統!」
「はいはい」
最初の勢いが良くても、そもそもに勝ち目はなかった。
甘寧との攻防に凌統が加わって、あっさり取り押さえられたは、無駄と分かっていても反射的に抵抗する。
自棄になってしまっていたのだ。
大人しく諦めて軽い遊びだと流せば良かったのだが、強く出てきた良心と、負けたくないという意地がにそうさせた。
結果―――
「いっ!?」
「うわっ!!」
「ぎゃああああああああああ!!!!」
ズドーン
3人は勢い良く転んだ。
甘寧はだから平気という油断から、思いもよらぬの強い反動を受けて、バランスを崩したのだ。
それにと凌統を巻き込んで、という具合である。
凌統も、まさか甘寧が転ぶとは思っておらず、止めるには間に合わなかった。
「ん・・・・・・・?」
「わりぃ・・・・・大丈夫か?」
「な、なんとか・・・・・」
頭を押さえる甘寧に、むくりとが起き上がる。
の目の前には甘寧の胸板があった。甘寧はの下にいて、一応を庇った体勢になっていた。
凌統はの腰に腕を回して、地面への衝突を避けるよう後ろから支えてくれていた。
ふぅ、なんとか安心。
と思いきや、一瞬で3人は凍りついた。
否、空気が凍りつくのを感じた。恐くて身動きがとれずに固まるのでどっちにしろ同じだが。
しかしそれは、その体勢で固まっているのは、自殺行為だった。
「そこで、何をしているのですか・・・・?」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・
黒いオーラの陸遜が、寝台の上にゆらりと立っていた。
魔王降臨へ
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あとがき
魔王降臨です。蛇の方じゃなくて。天使の顔した悪魔でもなくて。
最近(というほど小説は頻繁に書いてませんでしたが!)話の内容がほのぼの純愛に近くなってきていた気がするので、
ここは一発、久し振りにヒロインちゃんを虐めようと思い始まりました(殴)
だってその方が面白いじゃないですか!幸せを感じるのも良いけど、私は夢には(というか創作には)面白さを求めてるんです!
と、よくよく考えればものっそいM発言ですが、あくまで被害を受けてるのはヒロインなので、別に私は関係なーい☆
(人はそれをSと呼ぶ)
まぁね。これも愛されてる証拠なんですよね。
ヒロインと甘寧&凌統は、こういう悪友みたいな関係なんだと思います。
根底に逆ハー目指そうとしてたの忘れてたけど!!(爆)
逆ハーという道を歩む為に、凌統夢チックなの書いてみようかしら(甘寧は無理)
更新日:2009/02/24