魔 王 降 臨










陸遜?いいえ魔王です。

聞かれたら即座にそう答えるだろう。
何故陸遜が魔王になっているのか、凌統は今の自分達の体勢を見てハッと気付いた。
凌統と甘寧は普段着の恰好だが、は寝間着。
そんなが男2人に密着して挟まれてる様は、襲われてるように見えないこともない。
もちろんそんなつもりはない、ないが、陸遜がそう認識したらおしまいなのである。



「なななな何って、何も!?ちょっと墨補充しに」

殿は黙ってなさい」



ピシリとに言葉が突き刺さる。はそれ以上何も言えず、硬直した。
はなんとか誤魔化そうとしたわけだが、違う!怒ってる理由はそれじゃない!!と凌統は本気で叫びたかった。
だが叫んだら最後、への責めとみなし攻撃されるだろう。それだけは避けたい。
冷静に、宥めようと凌統は引き攣った笑みを浮かべて説得にかかった。



「ぐ、軍師さん、勘違いだから」

「ほう?勘違い?だったら甘寧殿のその手は何なのでしょうか?」

「は?」

「このっっば甘寧!!」



凌統は容赦なく甘寧を殴った。
甘寧はの腕を掴んだままだったのである。せっかくフォローをいれようとしたのに、甘寧の反応が遅かったせいで、もう言い訳も何も通じなさそう。
っていうか初めから陸遜に甘寧と凌統を許すつもりはなかったのだろう。


ザッ



陸遜は手近にあった飛燕を手に取ると躊躇なく凌統と甘寧がいた場所に突き刺した。

マジだ、この人・・・・・!!!

凌統と甘寧の身が凍った。



「ぎゃあああ!!」

「甘寧!!」



甘寧も凌統も持っているのは筆である。
筆で魔王と化した飛燕装備の陸遜に叶う訳がない!
やばい、やばい、私じゃ陸遜を止められない、誰か、誰か――――



は部屋を飛び出した。

















「誰かー!助けてー!!」



は叫びながら城中を走った。
しかし不幸なことに今は早朝、城に寝泊りしている者以外は部屋にまだいない。

城の警備をしていた兵士が聞きつけて駆け寄ってくれるが、陸遜に敵わずとも対等に戦える将でなければならないのだ。
でなければ返り討ちに遭うだけ。しかし早くしなければ2人の命が危ない!
途中出会う兵士に事情を説明し、手分けして武将を探しつつ、は中庭が見える場所まで出ると、そこに馬と会話(?)しながら槍の手入れをしている人物を発見した。
こんな早朝だと言うのに鎧を身に纏いしっかり武装している。
馬に喋りかける男(しかも通じてなさそう)に普段ならにツッコミをいれるところだが、今はそれどころではない。
着ている服の色合いから恐らく蜀の人間なので頼るのは少し戸惑われるが、その風貌から武将であること、また鎧着てるから死にはしないだろうと見込んで、は頼ることにした。



「すいません!助けて下さい!実はかくかくしかじかで・・・・・2人が魔王に殺されそうなんです!!」

「何ぃ!?よし、承知した!!俺が力になろう!!」



嬉しいことに男はアッサリとの願い出を受け入れた。
ただどこかで聞いたことある声のような、何か引っかかる点があるが、とにかく急いで現場へ戻ろうとは背を向け走り出そうとしたのだが、グッと男に腕を捕まれた。
何事かと振り向くと、男はを掴んでいない方の手で馬の手綱を持ち、クイッと顎をそちらに向けた。
乗れ、ということである。



「ええ!?でも城内で馬はまずいんじゃ・・・・」

「急いでいるのだろう!?心配するな、俺の馬術は三国一だ!」

「いっ!?」



男は喋りながら強引にを抱え上げ馬に乗せると自分もその後ろに乗った。
急に視界が高くなって、は慌てる。しかも馬に乗るのは初めてだ、どこに捕まれば良いか分からない。
がアワアワ戸惑っていると、男は両腕をの脇の下に通し落ちないよう固定させて手綱を握った。



「娘、案内を頼む!」

「あ、はい!まず正面に真っ直ぐです!」

「承知!よしっ、行くぞ正義!!」

「まさよし?ひゃっ・・・・・ぎゃあああ!!!」



そしてそれから道案内をさせる余裕など与えず、馬が走り出した。
もとい暴走しだした。



「正義をまもーる!!」


「いやぁあぁぁああ止まってぇえええ!!!」


















いくらプロの人が一緒に居ようとも。
自分は乗ってるだけだろうとも。
初めては恐いんです。

なのに、それなのに男はちっともの悲鳴を気にせずどんどん馬のスピードをあげていく。
途中何度壁や人にぶつかりそうになったことか。
しかし男が自負しただけあって馬の扱いは相当なものなのか、まだ1回も事故を起こしていない。
だが頭が混乱してそれどころじゃないはいつ人にぶつかるんではないかと気が気でなかった。
しかもさっきから道案内の指示も遅れ遅れになっているので通り越したり早く曲がりすぎたりと、到着する気配がなく同じ場所を何度も回っている。

辿り着ける気がしない。



「むっ!?」



そんな中長い廊下で呂蒙に出くわした。
呂蒙は驚いた顔でこちらを見ている。



「お前達!何やってる!?」

「ぎゃああ危ない!!だめ、だめえええ!!!」



呂蒙も叫ぶがも叫ぶ。
それだけの内に馬は呂蒙の目の前を通り過ぎていった。
もう呂蒙は遥か後ろ。それでも聞こえてきた叫び声。



「こらー!廊下は走るなー!!」



そんな小学校の先生みたいなこと言わないで下さい。























「・・・・?外が騒がしいですね。何事でしょう?」



一方、陸遜は2人をもちろん殺さずに平和的方法で黙らせた。(人それを脅しと言う)
その頃には陸遜達の騒動よりむしろの暴走馬の方が騒ぎが大きくなっている。
そしてタイミングよく尚香が駆けつけてきた。



「大変よ陸遜!・・・・・・・・って何やってるの?」



凌統と甘寧を見た感想だった。
陸遜によってだが、2人は背中合わせにくっつけられて縄で縛られ、床に寝そべっている状態である。



「いや・・・・もう反省してるんで」

「床はひんやりして気持ちいーよなー凌統!」

「そんなことより、何があったんです?」



陸遜は軽やかに2人を足蹴りにして飛び越えると、真剣な顔して尚香に問うた。
尚香もハッと事態の重さを思い出すと慌てて陸遜の腕を掴み引っ張り出した。



がっ、が蜀の人間に誘拐されそうになってるの!!」

「はぁ!?」



思わず陸遜は素っ頓狂な声をあげる。
何故か話が捻れて伝わっていた。
といえば先程まで一緒にいて、自分達の喧嘩を止める為に人を呼びに行ったのではなかったか。
しかし確かに行ってから大分時間が経ってるし、尚香も嘘をついてるようには見えない。左手にちゃっかり武器持ってるし。
甘寧と凌統をそのまま放置して、陸遜は尚香に連れられるまま部屋を出た。



騒動の中心に近づくにつれ、陸遜の不安が募る。



以前杞憂だと思っていたことが、現実に起こってしまったというのか。
しかも滞在中という、こんな身近な状況で誘拐など逃げ切れると思うのか、と冷静に考えて有り得ない事だから、余計に頭を回しすぎてしまう。
何か、あるのか蜀に。

陸遜は騒動の中心、呉と蜀の人間がごちゃ混ぜになって野次を飛ばしている光景を目の当たりにして、目が点になった。



「馬超殿!いい加減になされ!!っていうか殿と相乗りは私だってまだなのに・・・・・!!

「おーい問題はもう解決されたぞ!!もう正義は守られたから止まれー!!」

「止まるんだ馬超ー!!呉の皆さんに迷惑を掛けるなー!尚香殿に嫌われたらどうしてくれるー!?

「人参あげるから言うことを聞くんだー!!」



陸遜はリアクション芸人の如く、目が点になった。
確かに、人だかりから少し離れた場所で、城内だというのに騎乗し暴れ馬と化している馬超とらしき人物は見えるが、周囲のこの様子。
もちろん誘拐というのは無実であるから周囲にいざこざは起きておらず、何だか蜀の人間の馬超への対応も気楽な感じがする。
ギリリッと奥歯を噛み締める姜維や泣きそうな声で説得をする劉備だけはおかしいが。

陸遜は近くの兵士に聞いた。



「これはどういうことです?」

「あっ、り、陸遜様!!いや、私にも良く分からないのですが、先程からずっとあの調子で・・・・ぐるぐる回っております!」



ある意味とても器用に狭い通路を回っている。
暴走馬のコースは既に固定されていた。
どうやら、見物人により一部通路が閉鎖されて、ずっと同じ所を回っているらしいのだ。
曲がって見えなくなったと思ったら、数分後に姿を現しまた同じところで曲がるのである。

さっさと罠でも張って止めろよ。

陸遜は冷めた目で野次を見つつ、弓を片手に前に出た。
罠を張るのも面倒くさいので、直接馬の足を射って止めようと思ったのだ。
しかしそれを察知した姜維に防がれる。



「駄目です!!!」

「ぐあっ!」



正確に言うと足を引っ張られ転ばされた。何すんだこの緑もやし・・・・!!!
しかし陸遜に出オチをさせる程、姜維の意思も強いものだった。



「馬超殿から正義を奪わないで下さい!馬超殿を殺すと同義ですよ!!?」

「はぁ!?」

「頼む、陸遜殿!!馬超もだが、正義を傷つけることも極力しないでくれ!!」



まさかの劉備にまで止められ、陸遜は納得出来ないものの理性でその手を下ろした。
引き攣り笑みを浮かべつつ、そこまで言うのなら早くどうにかして欲しい。
正義も馬超も傷つけずに止める方法などあるのか。
陸遜が頭で考えつつも、じれったく暴走馬を見ている近くから、ヒソヒソと声が聞こえてきた。



「なぁ、何でが馬超殿と一緒に馬乗ってんの?」

「アレだろ、馬の理由は知らないけど、って武将捜して走り回ってたじゃんか」

「あー、もしかしてそれで馬超殿を頼ったってこと?」

「恐らくな。陸遜殿を止める為必死だったからなー」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・視線が痛い。
陸遜に聞こえてきたヒソヒソ声は、当然近くの姜維や劉備、将達にも聞こえた訳で。
考えたくなかったが、騒動になっているそもそもの発端は自分にあると、いや暴走している馬超が悪いのであって自分だけが決して悪い訳じゃない、じゃないが、 やっぱ少なからず関係しているとハッキリ認識して、陸遜は現実逃避をしたくなった。
しかしそう都合良くはいかない。自分が違う立場だったら平然と口にしていたことを、やっぱり容赦なく姜維に言われた。



「陸遜殿が飛び出して行けば、目的が達成されることになりますから、止まるのでは?」











 ****************











「も、もういい・・・・・っ止めて・・・・!」

「何を言う!まだ正義は守っておらぬ!!」



はとうとう気持ち悪さも重なって、馬超に縋り付いて涙目になりながら訴えるも、相手は聞かず。

お前の正義って何なんだよ・・・・・・!

そんな中、馬の前方に飛び出してきた人物に気付いて、は目を見張った。



「陸遜!?」



陸遜が、何も持たず進行先に突っ立っているのである。
無防備で出てきたからには何か策があるのかと思ったが、周囲にそれらしい気配はない。
またあったとしても、陸遜が危険すぎる。
何を考えているんだ、このままだと馬に轢かれてしまう。
また馬超はの声に反応すると、敵見つけたりと標的を定めた。
正義は主人の命に従い、容赦なく陸遜に向かって駆ける。

待って、本当にっ、本当に陸遜が!!!陸遜っ―――

は無我夢中で手を伸ばす。



「魔王、覚悟ーーーーーーーー!!!!」

「だめぇえええええええ!!」

「うぉおお!?」



は必死の思いで手綱の片側を持ち手前に強く引っ張ると、僅かに正義に方向転換させて陸遜との衝突を避けた。
ほんの一瞬の出来事だった。
急に方向を変えられた正義はバランスを崩し、止まろうとする。
馬超が抑えようとするが、正義は大きく跳ね上がって暴れた。
その反動で、の身体が宙に浮く。振り落とされる―――



殿!!!」



遠くから聞こえた悲鳴。は思わず目を瞑り、地面への衝撃を覚悟した。



ドサッ



「・・・・・・・・・?」



落ちたが、どこも痛くない。
それより感じる柔らかい肌の感触。
がそっと目を開けると、そこには陸遜の笑顔があった。



「りくそんっ・・・・」

「無事みたいですね」



は陸遜に身を挺して受け止めてもらっていたのだ。
やっと出会えた、いつもの陸遜。
は色々と思い昂ぶる。

ずっと恐かった。
気持ち悪くて辛かった。
甘寧と凌統はどうしたのか。
陸遜は怪我してないのか。
もう、怒ってないのか。

不安げな顔でジッと陸遜を見つめると、やれやれと眉尻を下げて陸遜はを軽く抱きしめ、ポンポン背中を叩いた。



「もう大丈夫ですよ」



その一言で安心する。陸遜の腕の中が安心できる。
は張り詰めた糸が切れたように、泣いた。






一方正義を抑えて止まった馬超は、姜維を筆頭に馬からずり下ろされ蜀の面々にボコボコにされていた。

・・・・・・アレ?傷つけないで欲しかったんじゃ・・・・・と周りの呉の面々が心の中で突っ込んだ。









 *********







「ふむ。では陸遜殿はもう魔王ではないということだな」

「はい?」

「あああああもう何でもないから!大丈夫だから!」



暴走馬事件のあと、当事者である馬超と、それと陸遜と呂蒙が集まって、会議(という名の説教)をした。
主に馬超の罪が問われたが、こちらにも不手際があったらしいという事と、が馬超を庇護したこともあり、
城内での乗馬禁止(元々許可した覚えはない)と滞在期間中正義を厩から連れ出すことを禁止(元々許可した覚えはない)だけですんだ。
乗馬の恐怖をしっかり植え付けられたので、もう乗りたいとは思わないが、馬を嫌いになったわけではないし、自分から頼みにいって迷惑をかけた事なので、は今回の事件が丸く収まってとにかく安心した。

あとは余計な火種を再び生まないことで。



「ところで殿、何故早朝私の部屋に?」

「へ!?あ、いや別に深い意味は!!」

「むっ正義に反することじゃないだろうな!」

「そ、そんな訳ないでしょ!!ちょっと備品を補充に・・・・」

「ん?早朝にすることか?」

「呂蒙さーん!」



は語気を強めて遮断した。
しかし一同の視線は逸らされない。
は冷や汗をかいた。
まさか言えない、悪戯しようとしてたなんて。
馬超は正義を守るー!!なんて言ってまた暴走しそうだし、呂蒙さんは呆れるだろうけどそこからまた説教の時間が延びる。
何より陸遜が、陸遜がぁああ!!

は1人葛藤してダラダラ汗を掻いていたが、当の本人陸遜はフッと笑うとそれ以上追求しなかった。



「まぁそういうことにしておきましょうか」

「!?」

「そうか、ならばもう解散していいぞ」



てっきりつけこまれてあーだこーだ言われると思ったが、陸遜が身を引いたので説教は終了した。
アッサリし過ぎて逆に恐い、恐いが、に陸遜の考えてることが分かるなんてこと無理なので、憶測しても無駄だった。


最後の陸遜の不敵な笑みだけやけに記憶に残ったが、一件落着。














END












−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


言い訳


やっぱりどうもラブラブしてくるようになってます、なんて奴らだ(おまえだよ)
馬超の登場でした!ずっと温めてたネタだよ!
だって馬超登場のあのくだり、実際書いたの一昨年ぐらい・・・(殴)
それだけ形にするのが遅いということです。いつものこと( ´∀`)bグッ!

逆ハーに参加出来なさそうな馬超ですが、頑張るかもしれません。
そしたら生ぬるい目で見てやってください( ´_ゝ`)







更新日:2009/03/23