剣の舞 1
「ではこれにて会議を終了する」
周瑜が終了を告げた今回の会議。
今後の呉の政治方面に関する重要会議で、君主孫堅を筆頭に文官でない孫策や甘寧などの脳筋組も出席していた。
陸遜はやっと終わった話し合いに押さえていた欠伸を噛み締める。
陸遜はよく周瑜からの相談も受けており今回の会議の内容もほとんど把握していた為、言っちゃ悪いがだるかった。
知ってる内容を一から説明し直されるのは結構辛い。
寝なかっただけマシだと自分でも思う。
諸将達が次々と席を立ち上がり、陸遜も戻ったら殿にあれやってもらおうとか考えながら立とうとすると、座ったままの孫堅が「あっ」と声を張り上げた。
皆の動きが止まる。どうしたんだろう殿、と思い全員が孫堅の次の言葉を待ってると、彼はあっさりさっくり言った。
「言うの忘れてた。
1週間後蜀の劉備君達が遊びに来るから、いつも通りよろしく〜」
君主だから許されるにこやかスマイル。
陸遜と、呂蒙と凌統、太子慈は卓にゴンと思い切り頭をぶつけた。
周瑜がバンと卓を叩く。
「殿!そんな大事な事を何故もっと早く言わない!?」
全く持ってその通りだ。
外部の客人、それも"劉備"君"達"という一国の君主+不特定多数(大体諸将達を含めた数十人)をお招きする為には、それなりの準備期間というものが必要。
部屋の確保とか、食料の調達とか、様々な物品確保の他、仕事を先詰めしてやる必要も出てくる。
何の前触れもなしに1週間で準備しろなんて酷な話だ。
もっと言ってやれー!と陸遜は心の中で思いながら表面は穏やかに、諫言は周瑜に任せようと思ったのだが。
「よおしみんな、会議は続行だ!蜀歓迎会の話し合いをするぞーお!」
「おぉー!!」
陸遜は再び頭をぶつけた。ぶつけた以上に内側がジンジン痛いんですが。
諫言するかと思いきやノリッノリの周瑜に返す言葉がない。
元気に孫策と甘寧が引き返してきて、孫権はヒィイイイとブルブル震えていた。
孫堅は言うだけ言って当日までは部下に任せっきりである。
この後の会議にも参加することなく部屋を出ていった。
まぁこれが初めてではないからもうそんなに咎める人もいないが、せめてもっと早く誰かに相談してから決めて欲しい。
孫堅はよく劉備と手紙のやり取りをするからそこで勝手に行われた話だろう。
蜀の方も劉備の独断だったりして。
ともかく、面倒なことになった。
「お帰り〜、長かったね」
自室に戻るとが床の雑巾がけをしているところだった。
言いつけを守って仕事熱心な彼女にほんのり心癒される。
朝から始めた割には仕事が遅い気がするが、まぁ目の前でサボっていた訳ではないから許そう。
実際のところは思いっ切り昼寝してしまってさっき慌ててやり始めたばっかりだ。
も結構いい加減である。
前はアッサリ仕事の荒さがバレて文句とやり直しを喰らっていたが、今日の陸遜は目敏くない。
疲れてるんだろうか。目が死んでいる。
「殿、それが終わったらもう帰って良いですよ」
そう言って陸遜はフラフラと奥の部屋に入っていった。
無言では後ろ姿を見送る。
あんなに疲れてんのは久し振りに見る気が・・・・・若いのに大変だな〜、とおばさん臭い感想を抱いた。
その翌日。
昨日何があったか知らないが、それを引き摺ったまま陸遜は仕事をしていた。
要は暗い。機嫌が悪い。
は怒りに触れないよう、時々陸遜をチラ見しつつ、黙々と与えられた仕事、本の書き写しをしていた。
今日が無事に終わりますように。
「ー!!」
しかし、今日も今日とて陸遜の執務室に元気な声が響き渡る。
現れた人物を見て陸遜は至極嫌そうな顔をした。
いや、恐らく誰が来ても嫌そうな顔をするだろう、特に相手が元気であればあるほど。
これが甘寧だったら理由なく殴ってるんじゃなかろうか。
「尚香、おはよう。どうしたの?」
はあくまで穏やかに挨拶する。
尚香のテンションに合わせてこちらも声を張り上げちゃダメだ、陸遜の機嫌が悪化する。
しかし、尚香が凄い話を持ってくるからそう言ってられたのも最初だけだった。
「聞いて聞いて、玄徳様が呉に遊びに来てくれるんだってー!」
「・・・・・玄、徳?」
「劉玄徳!蜀の、劉備玄徳様よ!知ってるでしょ!」
「えっ蜀!?うそっ、来るの!?何で!?」
は思わず声を張り上げる。
陸遜がどうとか構ってられない、陸遜を見なければ良い話だ。
何でとか失礼なこと口走った気がするが、驚きが強くてそれどころじゃない。
目を丸くするに、尚香は嬉しさが勝っているのか気分を害する事無く、ケラケラ笑いながら喋った。
「何でって、遊びに来るのに理由がなきゃいけないの?
なんなら私に会いに来てくれるって事で良いじゃなーい!」
何だろうこの惚気っぷり。親友の新たな一面にちょっとビビる。
けれど本当に嬉しそうで、見てるこっちもポカポカ幸せな気分になってくる。良いなぁ。
しかしまさか、蜀の人間が遊びに来るなんて事が起きるとは思っていなかった。
尚香や皆から遊びに来た時の話を聞いた事はあるが、それは過去の話であって、自分が居る時に訪れるなんて思うまい。
それが、来る。劉備が来るのだ。劉備が来るなら、全員とはいかなくても何人か知ってる武将も来るだろう。
「うわぁー・・・・楽しみ」
やっと現実味が帯びてきて、は素直な感想を呟いた。
するとふと、陸遜が気になった。
彼は案の定不機嫌そうに頬杖つきながらそっぽを向いている。
驚きはしなかった事から、知ってたのだろう。もしや不機嫌な理由、これ?
ただ何で不機嫌なのか事情は知らないが、こんな城で働いてる者全員に関係する一大ニュース、教えてくれても良かった気がする。
はジト目で陸遜を見た。
「陸遜知ってたのに、教えてくれなかったんだ」
「別に急ぎの話ではないのですからいつ言おうと良いではないですか。それにどうせ姫様が来るだろうと思って」
ほら、との隣の尚香を見ていう。
予想通り、尚香は父から聞いたであろう情報をすぐにの元に持ってきた。
陸遜が言わない事によって尚香はビックリニュースをに伝え驚かす事が出来たのだから、むしろ感謝するとこかもしれない。
へぇ、たまにはちゃんと考えてるんだ・・・・とは感心したが、本当の所は蜀が来るという理由以外にも嫌な事があったので、
宴しいては蜀の話題を出したくなかった為の、口からの出任せである。
あまり陸遜は考えてない。
しかし尚香は、そんな陸遜の本心に感づいた。
「そんな上手い事言って、本当はただ単に教えたくなかったんじゃないの?」
ニヤニヤ笑いながら見下ろす尚香に、陸遜は再びそっぽを向いたが、これが間違いだった。
尚香はそれはもう楽しそうに、喋り出した。
「兄様から聞いたわよ〜、陸遜が剣舞担当なん」
言い終える前に、顔を青褪めさせた陸遜が手で尚香の口を塞いだ。
しかし肝心なところは手遅れである。
「けんぶ・・・・?」
「剣舞よ!毎回1人決めて踊るの!宴で!正装で、お化粧とかもするのよ」
「おけ・・・・ぶっ!!」
尚香が乱暴に陸遜の手を押しのけ続きを言ってしまった。
陸遜は思わず顔を押さえる。
剣舞を理解したは盛大に噴き出した。
「あっははお化粧!?えっ何女装!?女装すんの陸遜が!ひーっ可笑しい〜っあははははは
がっ!」
「笑いすぎです。しかも女装ではありません」
笑いすぎて涙が出てきたところに陸遜の拳が頭上に落ちる。
痛い。痛いが笑いは止まらない。陸遜がキッと睨んでくるも恐くもない。
そんなを宥めるように尚香も言うが
「そうよ、気持ち悪いこと言わな・・・・
ぷっあははは!」
女装陸遜を想像してしまったらしい。
やっぱり盛大に噴き出して、今陸遜は腸煮えくり返る思いを堪えるのに必死だ。
だから嫌だったんだ、嫌な予感はしてたんだ。
陸遜が会議から戻ってきて魂が抜けたように、そして今まで不機嫌だったのもそのせいだった。
******************
議題が蜀歓迎会についてに成り代わった会議の最中の出来事である。
「みんな、用意はいいか!?行くずぇ!」
孫策の掛け声に皆一様に頷くと、握る手に力を込め
「せーの!!」
思いっきり引いた。
直後あがる、歓声や安堵の声。それは自分の引いた・・・・くじ引きの当たり外れの結果によってだった。
これは誰が剣舞をするか決める為のくじ引きである。
呉では毎回恒例の演目として、蜀や魏などの他国からの客人が来て歓迎会をする際、余興として剣舞を舞う者を決めていた。
当然今回も行われる。踊り手を呼んでではなく、一軍の将である者が舞う事に意味があるので会議のついでにやっておくのだ。
大体の者は当然当たりを引くわけで、パッと見みんな喜んでるのだが、ハズレを引いたであろうただ1人だけは、肩をわなわな震えさせていた。
「・・・・陸遜?お前まさか」
「あっははあの陸遜が舞うのか!?たっのしみ
ぃげぶぁ!!」
「甘寧殿、少し黙ってて貰えますか?」
聞くより先に繰り出された拳によって甘寧は地面とこんにちはする。
陸遜の握る棒には、ハズレの証である朱色がはっきりと塗られていた。
「おう陸遜か!しっかり頼んだずぇ!」
「分かりました」
笑顔のまま怒る陸遜に(甘寧への攻撃は完全に八つ当たりである)周りの者は一歩引いたが、孫策だけはずっと意気揚々としている。
流石孫策。目の前のいつでも無双乱舞が放てる陸遜にも、この一瞬に凍りと化した空気にも、学習せずに怯える事無く笑っている。
まぁ前回は地雷を踏んだ張本人だからであったし、陸遜は既に甘寧に八つ当たりも済ませているので、君主の子たる孫策に手を出す事はないだろうが。
孫策は空気の読めない男ナンバー3に入る。(三国中)
「・・・・・では、さっさと続き、始めて貰えますか?」
陸遜は静かに席に戻って、ニッコリ微笑んだ。
みんな『早く終われ〜早く終われ〜』と心の中で念じ、生きてる心地がしなかったとか。
****************
そんな訳で、陸遜は演舞担当になった。
超適当っちゃ適当である。
「ちなみに前回蜀が来た時は・・・・・・えーっと1年前くらいね。甘寧が踊ったわ」
「甘寧!?甘寧踊れるの!?」
「周瑜殿のように初めから心得ている人にはつきませんが、その都度専任講師を呼んで学ばせます。
ま、甘寧殿は本番で酒に酔ってはちゃめちゃやりやがりましたけど」
「ねー!あの時は冷や冷やしたわぁ。玄徳様に被害がなくて良かったけど」
ということは劉備以外の誰かは被害にあったというのか。
安易に想像出来て同情と可笑しさが込み上げてくる。
そんな宴を、しかも今回は陸遜が舞うということで期待が膨らむ。
は慌てて確認した。
「え、私も宴に参加して良いんだよね?」
「あったりまえじゃなーい!むしろ玄徳様を紹介するわ」
尚香も楽しみで仕方ないと顔を綻ばせる。
やった!生で見れる。
とうとう三国君主制覇かと思ったら、いつの間にか不機嫌な顔を吹き飛ばしていた陸遜が、何やら企んでるような笑みを見せてから真剣に言った。
「ちょっとお待ちを。ただで参加は出来ません」
「えっ!?」
「参加するには、何か芸を披露しないといけないんですよ」
「はは〜ん、良い事言うわね陸遜」
初めはと同じく怪訝な表情を見せていた尚香だが、陸遜が何をしたいのか理解してニヤリと笑った。
どこが良いことだ。そーやって2人で嵌めようとして。
は不満を口にした。
「芸って何よ、何で私だけ!?」
しかし尚香はニヤニヤを隠さずに、わざとらしく言い放つ。
「あらだけじゃないわよ。歓迎の宴をやるときの恒例だもの」
「参加する諸将達全員がやるのです。当然殿も、参加するからにはやっていただくことになります」
ニッコリ説明されたって、そんなの聞いてないよお2方。
すーっと冷や汗を感じる。は不安を隠せない。
「・・・・本当に?」
「本当よ。まぁ私とか兄様孫家はやらなくても良いんだけどね。宴の余興みたいなものだから」
「そーいわれても、私芸も何も持ってないんですけど」
「何でも良いんですよ。1週間しかありませんが、簡単なもので構いませんしこれから何か身につけるのも一つの手です。特技が増えて良いのでは?」
確かにその通りだが、自分が能なし人間みたいに言われてピキッとくる。
しかし本当に、みんなに見せられるような芸はない。
しかも
「が何やってくれるか楽しみだわ!異国の不思議な技とか!の国楢ではのことやってよ!」
必要以上に期待されている。
いやいや無理だから。今時の日本人は自国の伝統文化もろくに知らないんですぜ。
なんか現実を受け入れたくなくて語尾がおかしくなってるんですぜ。
くそぉ、無双武将の物真似でもやってやろうか(1人も似てると言われたことないが)
が痛い方向に思考を持っていってる内に、尚香が用事があるからと部屋を出る。
「じゃ、またね。分かんない事があったら陸遜に聞くのよ〜」
周りにお花をばらまき(のように見える)ながら、尚香は去っていった。
本当に劉備に会えるのが楽しみなんだなぁ。
見ているだけで微笑ましい。
陸遜の機嫌も結局バレて開き直ってる感じがするから良くなってる。
というよりを巻き込めたからかもしれない。
ともかく聞きやすくなったということで、早速質問する。
「ねぇ、劉備が来るってことはその側近も来るよね?いっぱい来るかな?」
他にどの武将を見れるだろうか。そんなミーハー心で何気なく聞いたら、陸遜はまたムスッと顔を歪めた。
あれ?これもダメ?
がジーっと陸遜を見ていると、彼は仕事を再開しながら吐き捨てるように言った。
「さぁ?まだ人数は聞いてません。あまり大勢で来ないで欲しいですね」
「大変だから?」
「ろくな人間がいないからです」
陸遜はキッパリ言い放った。
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言い訳
またまた続きます。やっと書きたかった話というか、呉キャラ以外を出す為の方向に持ってけます。
既に何度かフライングで出てたけどな!逆ハーといえばあいつ等を忘れちゃいけない。
しかし、相変わらず陸遜は眉間に皺寄せてるというか、機嫌メーターが下がりっぱなしで、ある意味彼も可哀想かもしれない。
更新日:2008/03/03