ここは平和です 1
「やっほーハニー!会いたかったあああ!」
「あ、ダーリン!私もだよおおおお!」
「・・・・・・・・・・」
ガバッと抱き合う尚香とを、陸遜は嫌悪としかとれない顔をして見ていた。
何やってんのこいつら。ちなみにここはお馴染み陸遜の執務室で、陸遜とが仕事をしていたところに尚香がやってきたのである。
尚香は腕に袋をぶら下げながらいきなり現れ、腕を広げながら大袈裟な表情と声をあげに駆け寄ってきたのだ。
昨日も会っている筈なのにまるで何年ぶりかのような行動である。
頭が逝かれちゃったんだろうかウチの姫君は。
もで戸惑うことなく対応しているから理解できない。
つーかハニーとダーリンって何。
陸遜の視線なんぞ気にせず(というか尚香の視界には陸遜が入ってないだろう)謎の抱擁をしていた2人だったが、
なんの合図もなしにパッとやめると素に戻った。
・・・・・・・・・・・・何かの儀式なんだろうか。
どうせ深い意味はないんだろうが、陸遜にはそうとしか考えられない。
実際はこの前が尚香にハニーとダーリンの意味を教えて面白がった遊び方なんだが(それも間違ってる)。
とまぁそれは置いといて。
素に戻ったが「どうしたの?」と聞くと、尚香はフッフッフッと不気味な笑い声をあげ持ってきていた袋をドンと卓の上に置いた。
・・・・・・・・・・仕事中だというのが分からないのだろうかウチの姫君は。
書き掛けの竹簡の上に容赦なく置いたので、おそらく袋の底は墨が染みている。
も同じことを考えていたのか変な顔で袋の底を見つめていたが、尚香は気にすることなく2人の頭上の位置で袋を開いた。
取り出したるは、色とりどり様々な形式の、服。
尚香はニコニコ笑顔で言う。
「さっき城下町に買い物に行ってきたの。で、へのお土産ー!」
「えっ!?うそぉ、これが!?」
思わずはガバッと立ち上がる。
尚香は1着ずつ床に綺麗に並べていった。
全部で10着。買いすぎだ。
今までも服はお古を貰ったり新しいのを買ってきてくれたり、周りが用意してくれていたのだが、今回は全部尚香が選んだ新品。
恐らく高額なものばかりで嬉しいのやら流石に申し訳ないのやら色々思うが、とりあえず礼を言うべきだ。
言うべきなのだが、並べられた服を見渡しては思わず固まった。
椅子に座ったままの陸遜が、ボソッと呟く。
「
・・・・・・・趣味悪」
「りくそ〜ん?何か言ったかしら?」
「いえ何も」
聞き逃さない尚香も尚香だが、陸遜も開き直りが実に爽やかで微妙な気持ちになってくる。
腹ん中はどう思ってるか知らないが、2人共笑顔である。
は正直、笑顔にはなれなかった。
袋から出てきた瞬間は生地の色鮮やかなこと、服の全体像が見えなかった事から言葉にならない感嘆の声をあげていたが、いざ並べてみるとどうだ。
彩りの組み合わせがイマイチだったり、腹部が思いっきり開けて露出が多いものだったり、逆にヒラッヒラのこの世界には考えられないような服だったり、とにかく普通じゃなかった。
まぁ腹出しに関しては側にいる2名が思いっきり腹出してるから何とも言えないが、自分がそれを着ることは考えられない。
つーか尚香は可愛いものだが陸遜お前男のくせに腹出し過ぎだろと今心の中で言ってみる。(さり気なく視線を送ったら考えを読まれたのか睨まれた)
固まるを余所に尚香はその内の1つを手に取ると、バッとに差し出した。
瞳がキラキラしている。どうして欲しいのか言葉にせずとも伝わってくるから苦々しい。
「早速着てみてよ!陸遜、奥の部屋使っても構わないでしょ?」
「ええ」
止めてくれ陸遜・・・・・!
サラリと承諾する陸遜に、ガックリとは肩を下ろした。
たぶん奴は止めるどころか面白がってる。ちくしょう、ちくしょう。尚香が私の為にってのは嬉しいけど!嬉しいけどこれは何かの罰ゲームか!
女同士の尚香だけならまだしも陸遜にもその姿を見せるなんて絶対嫌だあああああああ!
尚香がをズルズル引きずり奥の部屋へと連れてこうとするので、咄嗟に抗議する。
「あ、私仕事の途中だから!また今度にしよう!」
「気にしなくて良いですよ。私が殿の分もやってあげますから」
「うっさーい!こういう時だけ優しくしやがってー!」
「、この服凄いのよ!なんか最新の流行を取り入れてるとかって、
白い南瓜を頭に乗っけた人が・・・・」
「またアイツかああああああああ!!」
は誰に向かってでもなく叫んだ。
デジャブだ。なんか前にもこんなことなかったっけ?いやあった。絶対あった。
他国に来て荒稼ぎをしてるんだろうか蜀の変態さんは。蜀やばいんじゃないか。
そして結局、あーだこーだ叫んでる内に奥の部屋へ連れてかれ、その日は予想してた通り恥ずかしい1日となった。
思い出したくもないその日の翌日。
着る機会はないと思われるが、尚香に買ってもらった10着は全ての自室の箪笥の奥底へと収納されている。
それはいいのだが、そんな事もあってか前々から思っていたことをは実行したくなってきていた。
城下町に行ってみたい。
ずっと城に篭っていたのだからそう思うのも無理はないと思う。
無双世界の街というのはどういう感じなのだろう。城下町だから凄く賑わってるんだろうな。興味がある。
煌びやかなイメージがあるが、白カボチャも平気でうろついてるようなところだからカオスそう。思ったより変なところかもしれない。
ちょっと恐いような気もするが、一度この目で見てみたいのに変わりは無い。
そんな訳で早速尚香にこの事を話してみたが、残念そうに断られた。
尚香としてはと一緒に行きたいが、昨日行ったばかりであるし結構大金を使ったらしい。
お土産として10着も買ってりゃそれだけで結構な額になるだろうし、尚香はそれ以外にも自分用やら何やら買っていたのである。
まぁそれでも行けないことはないが、尚香にも予定があるし、すぐは無理そうだ。
そして何より、どうせだから尚香は自分が一緒に行くよりも、と何か妙な事を思いついたようだった。
妙な事と言うのも語弊があるが、実際その時ニヤリと笑われたのだからそう感じても仕方ない。
「ねぇ、権兄様と一緒に行ってあげてよ!兄様ったら基本的に城に引き篭もりだし、買い物でのお金にも困らないしね」
・・・・・・・・・権兄様というと、孫権のことか?
誰に連れてってもらうにしろ町並みをみたいだけで集るつもりはないのだが、何故か尚香は孫権を推す。
先日の一件でわだかまりはなくなったにしろ、まだ仲良くお出掛け!という関係でもないから躊躇われるが、尚香の方から話をつけとくから安心してとの事。
・・・・・・・何を安心しろと。というか自分は良いとして、孫権は良いのだろうか。ちゃんと来てくれるのか。
不明な点が多いものの、尚香はとにかく「明日、朝9時に正門前集合ね!」と勝手に日程まで決めちゃって去って行った。
相変わらず行動力のあることで。
というか明日ですか。本当に急だなオイ。
心の準備も何もないまま、けど特別準備しなきゃいけないこともないし、尚香が明日ってんなら明日で話が進んでいくのだから、自分がすべきことをしようとも動き出した。
向かうは陸遜の部屋。明日のお休みを取らなければいけない。
今まで、から休日の申請をしたことはない。
だからと言って毎日毎日働き詰めということもない。仕事量にもよるが、1週間に1回くらいのペースでお休みを貰っている。
しかも朝寝坊して行くことも良くあるし、昼に終わるともう帰って良いですよと言われたり、勤務時間は結構いい加減だ。
生活していく上に必要なものは全て用意して貰う代わりに給料も貰ってないという体制。
・・・・・・・・・・・正直、破格の待遇なのか余分に働かされているのかよく分からない。ここらへん、ちゃんとしておくべきだろうかと今更考えてみたり。
しかし、陸遜の部屋まで辿り着いて、ノックもせずそろ〜りと扉をほんの少しだけ開け隙間から中を覗いてみると
「(・・・・・・一応、真面目に仕事してるんだよなぁ)」
には既に仕事の終わりを告げているのに、黙々と仕事に励んでいる陸遜がいるのである。
彼はいつものように竹簡に目を落としサラサラと筆で文字を書いていた。
陸遜は結構に仕事を回すことが多いが、彼自身の仕事量は絶対的に多いようで。
常にサボる事は念頭に置いているのかだけでなく他の文官や将達にも回しているみたいだが、陸遜はなんだかんだ仕事をしている。
陸遜は、自分よりも余計に働かされているんじゃないだろうか。
陸遜こそ、ちゃんとお休みという形で1日仕事を休んで、羽目を外すのに外に出たりして、一緒に買い物に行きた・・・・
・・・・・・・・・・アレ?なんかおかしい。うん、陸遜もたまには休んだら〜?という心配。
そんな心配を、ほーんのすこーーーーしだけ、本当にほんの少しだけ思ってみたり、思わなかったり。
「・・・・・いつまでそこに居るんですか?気味が悪い」
まぁそりゃ武将たるもの人の気配に気付けない方が問題ある訳で、陸遜が気付いてないなんて思ってなかったけど、それでもそんな言葉を掛けられちゃあ、前言撤回したくなるよね。
分かってた!分かってたからほんの少ししか思わなかったんですう!
はそう自分に理由付けると、開き直ったように勢いよく扉を開けて中に入った。
そのまま無言で自分の定位置である陸遜の正面の席に座る。
ふと見ると、自分の卓には何も置かれていないが、陸遜の机には所狭しと竹簡や書くための道具が置かれている。
やっぱり忙しいのかな。っていうか、急にお休みなんて貰えるのか・・・・?
は今更気付いた事実に表情を曇らせていた。
まぁ絶対、無理に孫権と行きたいって事はない。本当に無理なら諦めて後日となる訳だが、尚香は確実に明日で孫権の予定を合わせてくる。
彼女はやる。もし孫権の方が忙しくて都合が悪くても丸め込んで最悪拉致してくる気がする。
そんな事言ってたらだって陸遜がなんと言おうと尚香パワーを使えばいくらでも丸め込めそうだが。
結局はなんとかなるという結論にしか辿り着かないけれど、それでも却下されたらどうしようかな〜なんてが考えあぐねいでいると、陸遜の方から口を開いた。
「暇でしたら、茶を淹れてくれませんか?」
顔も上げずに手を動かしながら言う。
お茶ぐらい仕方ないか、と思いは立ち上がって茶の準備を始めた。
準備しながらも仕事をしている陸遜になんて切り出そうかと考えるが、悩んだってしょうがない。これぐらいのことで悩んでどうするよと馬鹿らしくなってきた。
慣れた手つきでテキパキとお茶を淹れながら、は切り出した。
「ねぇ、急で悪いんだけど、明日お休みもらって良いかな?」
「何故です?明日は明日で、やっていただきたい仕事があるのですが」
「うっ、いやあその・・・・・・明日一緒に街に行こうって約束しちゃったの」
出来上がったお茶を陸遜の元へと運んで、手渡す。
受け取った時に顔を上げた陸遜は、心なしか睨んでいるような気がする。
テメーだけ休もうなんざ許さねーぞ、ということか(ちょっと大袈裟すぎ)
はおずおずと席に戻って陸遜を見つめて返答を待つ。
陸遜はの視線を受け止め、お茶を口に運びながら言う。
「姫様と行くのですか?」
明日なんて強行手段、の周りでするのは限られている。
姫が相手じゃどんなに忙しくてもしょうがない、と半ば諦めながらも、陸遜がお茶を口に含んだ時である。
「いや、孫権と」
「ぶふっ!!」
ポタポタと汁が床に落ちていく。
陸遜は湯のみを口につけていたままの状態で盛大に噴出した。思いっきり茶が水飛沫をあげて飛んだ。
飛距離がの卓上までであり、自身に掛からなかったのが幸いだが。
何で噴き出すのアンタ。
は怪訝な顔で陸遜を見ていたが、当の本人は鼻に入ったのか咽返っていた(しかも熱そう)
書き途中の竹簡にも茶が飛んで汚れてしまっている。洗おうとすれば字も消えそうだ。
・・・・・・ちょっと陸遜が可哀想になってきたので、は手助けることにした。
「大丈夫・・・?」
「そ、孫権殿と行くのですか?本当に急な話ですね、一体どうすればそうなるのですか?」
「私もよく分からないんだけどね。街に行きたいって言い出したのは私だけど、なんか尚香が・・・・」
「孫権殿と、2人で行くのですか?」
「・・・・・なのかな?それも分かんないっていう、ね・・・・・」
あははは、とは誤魔化すように笑って見せたが、陸遜はそれどころではない(色んな意味で)
尚香が孫権を押し掛けたというのか。それもの口ぶりからすると、尚香自身は行かない。
尚香が行かないのに、大勢でワイワイ行くとも思えないから恐らく孫権と2人きりで行かせる気だろう。
孫権にそんな気あったのか。いや尚香がくっ付けたいだけかもしれない。
しかし女性苦手な孫権があの件以来には頑張って好意を示しているらしいし(実際は本人も周りもそう認知出来ない程だとか)
可能性は否定できない。
もし孫権が本気になって、引くということを知らない尚香が加担したら、とんでもない事になるだろう。何かの間違いも起こってしまうかもしれない。
陸遜は顔を青褪めさせながら、聞いた。
「殿・・・・・明日と言いましたね?」
「え、うん」
「分かりました。明日、ですね。良いですよ、明日で。許可します」
「あ、ありがとう。えとじゃあ・・・・戻るね。仕事、無理しないようにね」
なんか急に陸遜が変になった。
腑に落ちないのを感じつつ、陸遜が何か他にもオーラを出している気がするのでそそくさとは部屋を後にした。
残された陸遜は、が完全に部屋から遠ざかったのを見計らって、卓の上の整理をし直す。
零したお茶は綺麗に拭き取って、そして奥の部屋から大量の竹簡を卓の横に運んだ。
ひととおり準備を終えると椅子に座って、フゥーッと深呼吸してから精神を集中させる。
の話を聞いた以上、陸遜が取る行動は、ただ1つ。
その翌日、街へ出掛ける当日である。
しっかり携帯のアラームを点けて早起きし、バッチリ身支度を済まし、けれど忘れ物が無いはずなのに忘れていることがあるような、
そんな浮かばれない気分では部屋を出た。
なんでだろう。孫権と2人だと思うと少し不安だからか。今から気を重くしてても仕方ないのになー。
悶々としながらが正門前に向かうと、既に孫権が待ってい・・・・・・
孫権の後ろでにこやかに佇んでいる人物に気付いて、は目が点になった。
「・・・・・っ陸遜!?えーこんなところで何してんの!?」
「私も暇が出来ましたので、ご一緒させていただこうかと。丁度欲しい物があるのです」
昨日は十分忙しそうだったし、ニッコリ笑顔の陸遜は胡散臭いが、ここに居るということは平気なんだろう。
実際のところ陸遜は、1日分寝る間も惜しんで早く片づけたのである。
柄にもなく陸遜頑張りました。
としては、陸遜の登場に驚きはするものの、正直本当に孫権と2人きりだったら気まずいかな〜なんて思っていたから大助かりである。
ちょっと嬉しくて、ニヤケてしまった。
憎まれ口を叩かれても、会話は持つだろう。孫権とだけじゃ何喋っていいか分からないし。
孫権も了承済みなのか何も文句は言わない。
口どころか、体も動かずカチッコチになっている気がするのは気のせいだろう。
「それでは行きましょうか。殿、行きたい場所はお決まりで?」
「あ、ううん全然分かってないからさ、適当に歩いて見れればいいよ。陸遜の用事先に済ませてもいいし」
「いえ、私も急ぎではないので通りがかった時に済ませます。東側から回りましょうか」
「・・・・・・孫権?何やってんの行くよ?」
「!?う、うむ待ってくれ!」
先に歩き出す2人に、ワンテンポ遅れて孫権がついていく。
が一緒で緊張しているせいか、どうも会話に入り込めない。
原因はそれだけではないと思うが、今の孫権は精一杯だった。
とにかく、着いていかなければ!と慌てる孫権を、数メートル離れた場所から見守る影が3つ。
「ああーもう兄様ったら焦れったい!何で後ろからなのよ!隣に並びなさいよ!」
「ちょっ、姫さん静かに!聞こえちまう!」
「・・・・2人共・・・・うるさい・・・・」
尚香を筆頭に、凌統と周泰がこそこそとしかし大声で喚いていた。
物凄く変。
周りから見ると元気でバレバレで、しかもわが国の姫君と名高い武将様と分かっているから、怪しさは全く感じられないが。
周りから小さな笑い声が聞こえてきてもおかしくないだろう。
尚香達は尾行に来ていた。
の最初の誘いを断った時に嘘はなかったが、何だか後から話が面白い方向に流れていって、周泰も孫権が心配で見守る為街に行くというし、我慢出来ずに部屋から抜け出してきたのだ。
結局尚香も来ようと思えば来れたのである。人間やれば出来るもんだ。
凌統は、そんな尚香と周泰という珍しいタッグを発見、面白がってなんとなくついてきた、そんなもんである。
ちなみに尚香は別にがどっちとくっつこうが構わないと思っている。
孫権にはへの気があるといち早く見抜いたので、面白がって鎌掛けてみただけ。
陸遜のへの態度もあからさまだし、これぞ3角関係?と女性特有の他人の恋愛に首突っ込む楽しさを味わってるのだ。
本当の赤の他人じゃない辺り本人達は気の毒だ。
そんな3人と3人組は街へと向かっていった。
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言い訳
今回も長いです。全部で3・4話予定。
ヒロインが城下町デビュー!ってことでベタに買い物なんかに行く訳ですが、
展開は常に斜めに進みます。おかしいです。
なんか普通に買い物を楽しめないヒロインが可哀想です。ごめんなさい(ぇ)
更に先に謝っとく。
孫権ファンの方ごめんなさい(土下座)
・・・・・・・っていうか今気付いたけどさ、前置きいらなくね?ァ '`,、'`,、('∀`) '`,、'`,、
割愛してる部分は妄想して楽しんで下さい。
更新日:2008/01/14