虎試し 2












「あ、そうだ。孫権ってどんな人?」



ほんのさっきあった出来事を思い出し、は踵を返して陸遜に問う。
いきなりの質問に意図が分からず陸遜は眉を顰め、逆に問い返した。



「何故です?」

「あ、いや今日初めて会ったんだけど・・・・」



ボソボソと言葉を濁らす。
冷静に考えて間抜けで恥ずかしいことのように感じたが、陸遜に話すなら包み隠さない方が的確な物言いをしてくれそうなので、意を決して正直に逃げられたことを話した。



















笑われた。






こっちは真剣だってのに腹黒軍師め。
しかし全く良くないが笑われ慣れてきたのもあってさほど怒りは沸き上がらないし、の読みは外れていなかった。
陸遜は少し考える素振りを見せてから口を開く。



「孫策殿と違ってかなり慎重な方ですからね。気も小さいので、もしかしたら殿の事が怖いのかもしれません」

「怖い?私が?」

「あなたが来たばかりの頃は色々噂が立っていたものですよ。怪しい妖術を使うとか、本当は化け物の類だとか」

「え゛」

「まぁどれも誰かがいい加減に言ったものですし、むしろ興味を持って近づく者が多かったでしょう?」

「・・・・・・そういえば」



は来たばかりの頃を振り返った。知ってるキャラだけでなく女官や兵士みんなが親切で、の話をよく聞きたがったりしていた。
そうでなくても別に嫌われてるとか怖がられる雰囲気はなかったはず。
でもそれは表に見えてたところだけで。

そうか、孫権は怖がってたから私と会わないようにしてたんだ。

そう考えると悲しい気持ちになってくる。
ってゆーか誤解で怖がられてるってどーよ。いずれは君主にもなる男に。あの逃げ方はないだろう。
ふとは疑問も浮かんだ。もうすっかり仲良しな尚香達から私の話を聞かないのだろうか。
聞く機会があったなら、少しは誤解も解ける気がするのだけど。
別にこれは兄弟に限らずではない。既には孫権・周泰以外とはほとんど喋って気兼ねない関係になっているのだから。



「陸遜は孫権と話したりとかしないの?」

「しません」

「・・・・・・・もしかして嫌い?」



まさかね、と思いつつ、結構この陸遜は本気ではないかもしれないが甘寧を嫌ってるような態度を見せるし、他の人にも素っ気なくて嫌いな人が多いようだ。
ゲーム中では2人共歴史の後半で活躍する方だったから一緒にいることが多かった気がするが。
なのに世間話もしないというのは、そのまさかである。

陸遜は顔を逸らして何事もないかのように仕事を再開した。




「・・・・・・・・陸遜も結構子供っぽいよね」

「嫌いというわけではないです。好かないだけです」

「同じことだよ」



鋭く指摘され、陸遜は本日何度目か分からない溜息を吐いた。
自分でも分かっているんだろう。それ以上否定はしなかった。
やっぱりもう仕事をする気はなかったのか、器用に座りながら椅子を後ろに引き卓から少し離れると、卓に頭を乗せ前のめりになる形でぐだ〜っと姿勢を崩した。
多分ゲーム中じゃ考えられない姿だ。
ますます子供っぽくなった陸遜に、自然とはクスクス笑った。
そんなをチラリと視界の端に捉えつつ、不機嫌そうな顔で、否定はしないものの言い訳のようにボソボソ陸遜は呟いた。



「そもそも君主一族とただの家臣が親友のように世間話などをするとお思いですか?
 国や軍について以外話すことは何もない、嫌う以前にそういうものなのですよ」

「・・・・・・・そうかなぁ?」

「そうです」



にとって地位とか身分が良く分からないにしろ、陸遜ぐらいの人物なら、十分ただの家臣ではないと思うのだが。
単に陸遜と孫権が互いに歩み寄ろうとしてないだけだと思うのだが、それを言ったところで一蹴されるのは今までの経験上分かり切っていたので、は口を開かなかった。
そして直ぐにそれより、と陸遜は話を元に戻す。



「問題は貴女です。孫権殿に逃げられるなど、私より最悪な関係ですよ」

「・・・・・・そうでしたね」



忘れていた痛い事を思い出し、今度はが顔を逸らした。
確かに好き嫌いがあるにしろ陸遜は孫権と喋ろうと思えば喋れる。いつでも仲良くなることが出来るのだが、にはそのチャンスさえ与えられない状況。
恐らくいや確実に嫌われている。
自分が嫌っていない相手に一方的に嫌われている。とても悲しい事だ。
万人に好かれるなど無理なことは分かっているが、孫権の場合はただの誤解。解けてなおも仲良しにはなれないかもしれないが、逃げられる事はないだろう。
はきちんと孫権と話して、誤解を解くことを決意した。



「私より姫様に相談しては如何ですか?力になってくれると思いますよ」

「ありがと、そうするよ」



は素直に陸遜に礼を述べると、よっしゃーお仕事頑張ろうー!、と部屋の掃除に取り掛かった。
身を起こし、ぼんやりと陸遜は思う。

「(屈託のない人だなぁ・・・・)」

いつも憎まれ口を叩き合う仲なのに、は感謝すべき時、悪いと思っている時は相手が陸遜でも素直に言う。
陸遜は絶対素直にに謝ったりはしないだろう。まだするべき状況になった事などないと思っているが。
せっせと仕事をこなすを横目で見つつ、陸遜は自分でも気付かない内に、小さな喜びを感じていた。













*************









陸遜の執務から解放されると、早速は尚香の部屋を訪れた。
暇をしてたのかの来訪にパァッと尚香は瞳を輝かせると直ぐに中に招きいれ、お茶菓子等を侍女に準備させる。
向かい合わせの形で椅子に座り、瞬く間にお茶も運ばれ何時間でも喋れるぜ!な環境が出来上がった。
は早速本題から入る。先程陸遜に相談したように孫権に逃げられた事、誤解を解きたいということを話した。
尚香はうんうんと所々相槌を入れつつ、お菓子を食べながら聞いていた。



「ふーん・・・・そういえば、昔から引きこもってたけど更に引きこもるようになってたわね。が怖いだなんて、権兄様も馬鹿ね〜」



妹に馬鹿呼ばわりされるのは兄にとって凄く悲しいことだろう。
しかし今回は仕方ない。明らかに兄弟の話も聞かず、勝手な思い込みをしている孫権が悪いのだから。
尚香は手に持っていた湯呑みをゴクゴクゴク・・・・プハァッ!と豪快に飲み干すと、ダンとそれを卓に叩きつけた。
もの凄く漢らしい顔つきをしている。



「よし、2人が仲悪いのは私も嫌だし、の頼みだもの、協力してあげる!どうすれば良いかしら?」

「そうだなぁ・・・・・直接孫権と話すのに、私が言ったんじゃ逃げられるから呼び出して欲しいんだけど・・・」

「分かったわ、私に任せて!」



尚香は勢いよく立ち上がるとあっという間に駆け出して行った。
誰も今すぐなんて言ってないのに。親友の行動の速さに感服しつつ、実際あったら何て孫権に言おうとは思考を巡らせながら待つ事にした。
時間にして逃げられたのはほんのさっきの事だ。さぞ居心地が悪いだろう。
尚香がどう連れてくるかは分からないが、見た瞬間また逃げられたらどうしよう。



















そんな事を考えながら待つことたぶん20分。
食べてたお菓子がなくなってしまったので足そうかなと立ち上がった時、丁度扉が勢いよく開いた。



「お待たせー!ごめん、見つけるのに手間取っちゃって」



笑顔で尚香が帰ってきた。そう言う彼女の手には縄。
縄の先にはぐるぐる巻きに縛られグッタリしている孫権の姿があった。



「ぎゃあああ孫権ー!?しょ、尚香何やってんの!?」



孫権の悲惨な姿を見ては顔を青くして思わず悲鳴をあげるが、尚香は至って平然むしろ楽しそうにしている。



「だって権兄様ったら感がよくて私を見ただけでも逃げようとしたのよ?だから強行手段に・・・・・」

「兄弟の絆はどうしたの」



完全にダウン状態で頬が腫れたりタンコブがあちこち出来てる孫権を見れば、容赦なく攻撃されたであろうことが窺える。

「(・・・・・なんつーかその・・・・・ごめんなさい)」

は軽く頭をさげながら心の中で孫権に謝った(意味なし)
早く縄を解いてあげようかと思ったが、尚香がまた逃げてしまう可能性もあるし平気よとを止めた。
そりゃ妹にとは言え拉致られたんだから逃げたくなるよ。
はだんだん気持ちがついて来なくなったが、それでも尚香が自分の為にやってくれたことなのだからしっかりしないと、と目的を果たすべく孫権を起こしにかかった。
しかし完全に気を失ってる孫権は声をかけても体を揺すっても一向に目覚める気配がない。
どうしようかと手を拱いてるの隣から、尚香は容赦なく孫権の頭を叩いた。



「兄様ったらいつまで寝てるのー?起きて!」

「!?」



衝撃で、それとも本能的に今起きなければヤバイと悟ったのか、孫権はゆっくり顔をあげ起き始め、焦点の定まらない目で前を見た。
目の前にいたのはである。
一気に孫権の脳が覚醒する。



「っっぎゃあああああ!!!」



孫権は前の人物がであると認識した瞬間、盛大に悲鳴をあげ縄で縛られている体をバッタバッタ動かした。
その姿は青虫が無理な体で宙を跳ぼうとしている光景に似ている(分かり難い)
ともかく次期君主にあるまじきことだ。

幸いこれを見て笑いそうな無神経な奴らがいないのが救いかもしれない。
はというと、思いっきり拒否されショックなのと同時に孫権の不気味な動きに引いていた。
そんな無駄な動きでも孫権は努力の甲斐あってから1メートル離れる。しかし孫権はまだ混乱して叫んでいた。



「なななな何で私が縛られてるのだー!!?いいい妹よこれはどういうことだ!!?」

「兄様が逃げようとするから」



凄くアッサリと尚香は答えた。
しかし孫権が求める答えにはなってない。何にしろ孫権は混乱しているので正確に事情を話したとしても伝わるか分からないが。
や尚香が呆れて何を言おうにも、孫権は叫ぶのをやめない。
むしろ化け物と思っているが居て自分は縄で縛られているのだ。明らかに共犯の妹は味方だなんて考えられない、洗脳されているに決まってる!
孫権としては最大のピンチである為、落ち着けという方が無理であった(それも如何かと思うが)



「ぎゃあああ助けてぇええ!!」

「あの・・・・・孫権さん・・・・」

「兄様!いい加減に・・・・」



あくまでは穏やかに精一杯優しく声を掛けようとするが聞いてない。
すかさず尚香も再び怒鳴り声をあげたが、そこでとうとう孫権は奥の手を使った。



「助けてくれー!周泰ー!」



それは合言葉のようなものだった。
孫権だけに許された合言葉、周泰。
たとえ呂律が回らずとも声に発することが出来ずとも、口が「しゅうたい」と動けば彼は反応し直ぐに駆けつける。

そんな勢いで、たちの前に周泰が降ってきた。天井から。
着地は完璧、全く乱れのない動作で周泰は孫権を守るようにと尚香の前に立ちふさがる。
お前は忍者かとツッコミしたかったがは驚きのあまり声が出なかった。
しかし尚香は平然と、今度は周泰に食ってかかった。



「周泰!私は兄様と話がしたいの、そこをどいて」

「・・・・・できない・・・・・」

「周泰ー!助けに来てくれたのだな・・ぶっ!?」



孫権は思いあまってみの虫のまま周泰に飛びつこうとした為、失敗して床に顔面ダイブした。
周泰の背に隠れて見えないが痛そうな音が聞こえた。
しかし構わず尚香は続ける。



「もう乱暴はしないわ、だって普通の良い子なのよ、周泰はそのぐらい分かってるでしょ?」

「・・・・・・・俺には・・・・・分からない・・・・・・」

「じゃあどうすれば信じるっていうの?」

「孫権様が・・・・・納得すれば・・・・・」

「そう、兄様が信じればいいのね・・・・分かったわ!が普通の何も使えないただの女の子だってこと、証明してあげる!」

「・・・・・なんか一言余計じゃない?尚香サン」



あっという間に話が流れていくなかでやっとは口を挟んだ。
言いたい事はほぼ尚香が代弁してくれたので拍子抜けするが、不安要素がある。
一般人だと証明するため一体何をやらされるのか。
すると孫権もやっとこの会話に口を挟んだ。の位置から彼は見えないが、孫権はヒリヒリ痛む鼻先を押さえていた。



「だ、だったらやり方はこちらで決めさせてもらう!かか、覚悟するが良い!」



最後ぐらい格好良く決めてもらいたいものだ。
周泰はヒョイッと孫権を抱え上げると、すたこらさっさとその場を去っていった。
一応進展した話に尚香はやる気満々で「負けないんだから!」とか叫んでいたが、実際やらされるのはである。
最後まで話に乗り遅れて不安だらけなのだが、それでメソメソ悩むような性格でもないので、なんとかなるかと次には思考を切り替えていた。








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言い訳


私は周泰をなんだと思ってるのだろう(殴)
孫権は、とあるサイト様のほのぼの孫権がすごく印象に残ってて、且つなんかやたら敵に狙われ逃げてるイメージがあるから(笑) ヘタレな彼になってしまってます。ごめん。

ヒロインも負けず嫌いで気は強い方(だと思う)なんですが、尚香の勝気の方が何倍も凄かったようです。
親友が悪いように言われてたら、本人よりも黙ってられないのが友だと思うし。尚香の暴走は止まりませんでした(笑)

あ、あと弁解しときますと、別に陸遜と孫権仲悪くはないですよ。
こんな性格の陸遜と孫権なので、陸遜からしてみれば孫権はじれったいとかしっかりしろよとか嫌悪の感情も出てくるので好きとは思えないのですが、 だからと言って嫌いでもない。所謂ただのクラスメート的なものです。喋ろうと思えば喋れる感じ。
そもそも陸遜が捻くれてて、率先して友を作ろうとしない人だからな。
孫権は友を作ろうという気はあるけど、自分から喋りかける勇気のない人。
自然と接することはないのです。(キャラ壊したせいだけど)




更新日:2007/09/15