虎試し 3














そしてその翌日、朝から早速孫権からの試練(?)を叩きつけられた。

なんと孫権自らの部屋にやって来たのである。周泰付きだが。
まだ何をするかは教えて貰えないものの、着いて来いと言われ慌てては簡単に身支度をして部屋を出た。

相変わらずを恐がってる孫権は周泰を盾代わりにしながら城内の、木々もたくさん生え広く大きな庭にを連れ出した。
そこには尚香や孫策といった孫家、他にも一般兵士や女官といった見物人が来ていた。
大勢の前で試されるらしい。孫権はの正体を暴くつもりであるからこの方が良いのだろう。
は緊張でゴクリと唾を飲むも、絶対乗り越えてやるという強い決意を胸に、瞳を揺るがせる事なく孫権を見据えた。
大丈夫。大丈夫だと思えば大丈夫。はひたすら自分に言い聞かせていた。
それに周りはみんな応援してくれている。それもが強気でいられる理由である。



「で、私は何をすれば良いの?」

「簡単な事だ。・・・・・周泰、そこに立っててくれな」



孫権も強気な態度で望もうとしているのだが、周泰をが見えないようにする死角に使い、引け腰気味で近く茂みにトコトコと寄った。
ちなみには少し立ち位置をずらして孫権を覗き見たので周泰の意味はない。
しゃがみこんで何やら茂みで作業する孫権の後ろ姿が可愛く見えて、恐がられようとも憎めないしやっぱり嫌われたくないな、とは再度気合いを入れた。
しかし、その決意も次の瞬間、すぐに崩れ落ちるのだった。















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「(ふぁ・・・・・ったく、殿はまた寝坊か・・・・?)」



陸遜は欠伸を噛み殺しながらそんな事を考えつつまた朝から仕事に励んでいた。
曰く生活習慣が違うだとか目覚まし時計があれば平気なんだけどとからしいが、陸遜からしてみればそんなの言い訳にもならない。
は朝に弱い。現代に居た頃は目立ってそんな事なかったが、寝坊して遅刻の常習犯と思われていた。

だから簡単に今回も寝坊だろうと決め付け、来たらどうしてやろうかと考えていたが、それは執務室を訪れた呂蒙によって遮られた。



「そういえば今朝、孫権殿が虎を連れていたな」

「虎?また野生のものでも捕まえてきたんでしょうか」

「さぁ、暴れてはいなかったが。躾のなってるものもいるとしても、殿以外には凶暴なやつもいるからな。余り抱え込まないで欲しいが・・・」



呂蒙がやれやれと肩を竦める。
孫一家には共通して虎を愛でる嗜好があった。特に孫策が何匹も拾ってきては部下に任せたりしつつも一応育てている。
孫権も孫策程ではないが虎は好きだ。
なんとなく、殿も虎というか動物は好きそうだな・・・とか陸遜が想像していたら、またしても来訪者。
凌統が息を切らしながら駆けつけてきたのだ。




「おい陸遜、聞いたか!と孫権殿が決闘するらしいぞ!」




聞いた瞬間表情を一変させ、ガタリと陸遜は声も出さずに立ち上がり部屋を飛び出した。
後ろから呂蒙や凌統が何か言っていた気がするが、聞こえない。
凌統が持ってきた情報はあながち間違ってないだろうが、捻られている。と孫権が互いに剣を持って戦う訳がないのに。
常識的に考えてありえない事は分かっているが、不安で胸がいっぱいになる。嫌な予感しかしなかった。
ほんのさっき呂蒙から聞いた事。これから行われるというなら確実に関係してるだろう。

迂闊だった。恨みはなくとも本当にを化け物だと思っているなら、「殺す」ことも厭わないだろう。

















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は自分の目を疑った。
茂みからひと一人乗れるぐらい大きな虎が出てきたのだ。



鋭い視線、チラリと見える尖った長い歯、曲がった爪。
それらは真っ直ぐに向いていた。
離れていても感じる虎の気迫に、まさかと嫌な予感が頭をよぎりは背筋が寒くなるのを感じた。
そして嫌な予感そのままを、無情にも孫権の口から発せられるのだった。



「お前にはこの虎と戦ってもらう!危機的状況に陥れば本性を現すだろう。何も使わなかったら化け物じゃないと信じてやる!」



根本的なところから勘違いしてないだろうか孫権は。
は兵士ではない、分類で言うなら民、あのHPが1pの棒もなく武将の一撃でうわあああと倒れる民だ。数だけいる民だ。
虎にだって勝てる訳がない。
の中でプツンと何かが切れた。



「だから何も使えないっつってんでしょうが!!」

「っ!?だだだだから何も使わなかったら信じると言ってるだろう!」



突如怒りを露わにして叫ぶに孫権はビクッと怯えるも、そそくさと虎から離れた。
そして周泰もスッと動き、と虎の間には何の隔たりもなくなった。
そうなると再度虎と視線が合う。すると怒りも勇気も何もかもが吹っ飛んだ。




「・・・・いやっ、冗談でしょ?死んじゃうってコレ。無理だって」




目の前で威嚇してくる虎を見て、は恐怖のあまり足が竦んで動けなかった。声も掠れる。
直ぐに尚香や孫策に助けてと視線を送るが、何故かニコッと笑顔が返ってくるだけだった。
何で笑っていられるのかが分からない。分かったのは助けて貰えないということ。
ショックのあまり言葉が出てこなかった。
なんで何でもやるって言っちゃったんだろ。何でちゃんと聞き出しておかなかったんだろ。
後悔ばかりが押し寄せてくる。そしてここまでみんなが馬鹿だなんて思わなかった。

こんなとこで人生終わるんだと考えたら、自然と涙が頬を伝ってくる。
もう既に思考は透明な壁で隔てた先にあるようで、体だけが無情にもゆっくりと近づいてくる虎に反応し震えていた。

「(私こんなところで死ぬの・・・・?まだ何も、何もやってない・・・・・!)」

そして遂に虎が襲い掛かろうと駆け走ってきた。
思わずはギュッと体を縮めて目を瞑る。
こんな時に頭に思い浮かんだのは、家族でも親友でもなく、あの男。







助けて・・・・・・・陸遜、陸遜助けて!!




















殿!!」










は一瞬自分の耳を疑った。不意に陸遜の声が聞こえたからだ。それでも信じたくてはバッと顔を上げ声の主を探す。
するとを助けようとすぐそこまで来ている陸遜の姿が見えた。
虎もすぐそこに迫っている。
は無我夢中で、足が動かない為その場で両手を精一杯伸ばした。



「陸遜ーーーー!!!陸そ・・・・・てえ!?ちょっ、待って!!」



助けてくれると思って叫んでいただったが、陸遜の行動にサーッと顔を青冷めさせた。
助ける事に変わりは無いが、あろうことか、奴は愛用の武器(飛燕)をこちらに向けて投げ槍の如く構え発射しようとしている。
恐らく走っても間に合わないと判断した結果の行動であろう。
見事虎に当たればいいが、虎だって動いて直ぐそこまで迫ってきているのだ。
陸遜が当てようと先を読めば自ずとも危なくなる。つーかあからさまに剣の切っ先がこちらに向いている気がする。

あいつは投げ槍の選手か。
・・・・・・・・ってんな訳あるかぁあああああああ!!!!



しかし、陸遜はキラーンと漫画のように目を光らせると躊躇せず剣をもの凄い勢いで投げた。




「ぎゃああああああああああああああああ!!!!」



思わず本日最大音量の悲鳴をあげ、身を引く。
虎も剣が飛んできた以前に陸遜の気迫に気付いていたのか、ぎゃう!?と動物とは思えない声をあげ急ブレーキをかけて止まっていた。
2人(1人と1匹)の丁度間を、剣が掠めていった。
ブルブル震えていただったが、あまりに無茶な助け方に怖かったとかそれまでの感情を忘れ怒りの声をあげた。



「り、り、陸遜!!!私に当たったらどーするつもりよ!!!」



陸遜は怒っているのか良く分からないが禍々しいオーラを放ったまま、の前までやってきた。
表情は無表情といえばそうだが、目が据わってピクリとも動かない。
改めて側で感じた気迫にはビクッと怯えるも、陸遜はをスルーして地面に突き刺さってる剣を回収した。
黙ったままである陸遜にやり切れなくては再度突っかかる。



「た、助けてくれたのは嬉しいけど、だからってやり方があるでしょ!?寿命が10年縮んだわ!!」

「・・・・・・虎、いつまでそうしてるつもりですか?」

「えっ?」



陸遜が脅迫めいて呟くので、は再びビクッと震えるも、に対して言ってるようではない。
陸遜の視線の先、恐る恐る振り返ってみると、を盾にするかのように虎がビクビク震えて座っていた。
すぐ近くにあの虎がまだ居たのかという事に驚いたが、なんだか様子が変だ。
さっきまでの気迫もない。ちらつかせていた爪や歯が見えないおかげかもしれないが、恐怖も全然感じられない。
虎はもの凄く大人しくなっていた。

しかも、陸遜の言葉にごめんなさいごめんなさいと言わんばかりに何度も首を縦に振る。ちょっと可愛い。
言葉は通じない筈なのに、陸遜の気迫によって虎は怯えているのか。なんて恐ろしい奴(陸遜が)
陸遜はに襲いかかろうとした虎に対し感情を隠しもせず怒っているのだが、とても分かりにくい。
陸遜の今にも虎を殺しかねない様子に、慌てて孫権が駆け寄った。



「ま、待ってくれ陸遜ー!!頼むから!虎子ちゃんに手を出したら私が怒られる!!」

「・・・ここちゃん?え、どういうこと?」



は訳が分からずその名前を復唱する。
名前を呼ばれた虎、虎子ちゃんは、孫権を見るとバッと飛び込んで涙を流さんばかりに甘えた。
そこでやっと陸遜も我に返り、怒りのオーラを引っ込めていつも通りに戻っていた。



「何ですか、虎子ちゃんだったとは・・・・・首輪をしてないと分かりませんよ」



陸遜はハァと気が抜けたのか一気に脱力すると、悪かったと虎子ちゃんに穏やかな視線を向けた。
視線に気付いた虎子ちゃんはビクビク震えながらも孫権から離れ、ゆっくり陸遜に擦り寄る。
陸遜は虎子ちゃんを撫でながら説明してくれた。



「この子は虎子ちゃん。孫策殿が飼っている虎で賢く、十分に躾がされているので人を襲う事はないのです。
ちなみに虎子ちゃんと呼んでください。孫策殿が言うにはちゃんも名前らしいので」



虎子ちゃん、と再度が呟くと虎子ちゃんは嬉しそうににすり寄った。
ふかふかの毛並みの良い頭がの頬にあたる。とても温かく気持ちよかった。
そしていつの間にか徐々に達の周りに人が集まってきた。



「やったわね!これで権兄様も文句ないでしょ」

「虎子ちゃんは人の心に敏感でな!もしにやましい気持ちがあるなら嫌がって近づかないんだずぇ!」

「陸遜に邪魔されちゃったけど、ちゃんとその後に近付いたってことは大丈夫ってことなのよ」

「えっじゃあ・・・・・・!?」



は思わず孫権を見る。すると彼は罪悪感があるのか照れてるのか少し俯きながら言った。



「こ、虎子ちゃんは絶対人を殺すような事はしないから。女性が血を流すのは嫌だし」



つまりはどっちにしろ死はおろか怪我をする恐れも全くなかったらしい。
だからそれを知ってた尚香達は、が涙目でいても笑顔で見守ってたのだ。
その言葉を聞いた瞬間、は嬉しさの余り孫権に飛びついた。



「孫けーん!私の方こそ勘違いしてた!ごめんなさい!本当はすっごく良い人な」

「ぎゃあああああ!!」



理解したとは言え直ぐに対応出来るほど孫権は器用じゃない。そもそも女性が飛びついてくるなど、孫権には恐怖以外の何者でもってなかった。
孫権は全力でを避けると周泰の元まで走って背後に隠れた。



「すすすまない!その、嫌ってるとかそういう訳じゃ・・・・・」

「・・・・・・分かってる。大丈夫、孫権の事信用してるから」



空振りして地面と見つめ合う形になったは、孫権を驚かす行為はタブーだなと心に留めた(わざとやるにはもの凄く良い獲物だが)
お互いに誤解を解いて和やかな空気になる頃に、陸遜を追いかけてきた凌統と呂蒙もやってきた。



「ぜぇ、はぁ、ったく軍師殿は人の話を最後まで聞かないんだから」

「一件落着したというところだな?何事もなくて良かったぞ」

「陸遜が虎子ちゃんを殺そうとしたけど、ねー?」



尚香が悪戯っ子のように言う。
それに対し陸遜はギクッと反応すると顔をしかめた。
虎子ちゃんは孫策の大事な虎だ。いわゆる主の所有物。余程の理由がない限り、傷つけていいものではない。
陸遜は余程の理由だと思っての行動だったが、早とちりに違いない。



「まぁ虎子ちゃんに何もなかったから文句は言わねぇ、安心しな!」



孫策は太っ腹に陸遜を責める気は全くない。
その事に陸遜はホッと安心するも、それが話の火種となった。



「え、虎子ちゃん殺そうとしたの!?軍師殿もやっちまう時はあるんだね〜」

「面白かったわよー陸遜の怒りよう!の慌てっぷりも笑えたけど」

「俺もあんなに切羽詰った顔した陸遜は初めて見たな。お前もあんなに必死になるとは」

「もしかしてって陸遜のコレか!?なんだ〜知らなかったずぇ!」



凌統と尚香、呂蒙までも話に花を咲かせ、孫策がわざとらしく小指を突き立てて笑っている。
周りからすれば微笑ましい笑い話だが、当人達からすればどうだ。聞きたくもない恥ずかしい。穴があったら入りたい。
は知らなくて当然、というか種を知っていたら意味がないのだから仕方ないとしても、陸遜は経験したことないような己の失態にショックを隠せないようだった。
しかもあろうことかコレって、恋仲だと捲くし立てられている。
陸遜の顔が青冷めていた。



「そ、そんなんじゃない!」



は慌てて否定するも、自分の痴態を聞かされていた時から恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた為、イマイチ説得力がない。
それを見て更に周囲は面白がって煽る。
はまだしも、なかなか陸遜をからかうチャンスはない。



「顔赤くしてかっわいー、陸遜は否定しないわよ?」



尚香はニヤニヤと笑うのをやめない。
確かにいつもこういう場合は、陸遜がバッサリ切ってが冷めるのだ。
何で肝心な時に否定しないの!?と声に出さずに陸遜を睨みつけると、彼の周りに何か赤いオーラのようなものが纏ってあるのが見えた。
え、とは青冷める。もしかしなくともこれは・・・・・・・

陸遜は赤いオーラを放出したまま全体を見渡してからニコッと笑った。




「私と殿が恋仲?私が殿を好きだと? ・・・・・・・・っははは、笑えない冗談ですね




いや笑ってるがなとその場の全員が心の中でつっこんだ。
も言い返してやりたい事は多々あるが身の危険を察知して黙っておく。
散々からかっていた周囲も、なんとなく危険を感じすっかり黙り込んでいる。
しかし、地雷は突っ込んだ。



「いい加減認めちまえよ!本当は好きなんだろ!!」



豪快に笑って言う孫策に一同の視線が集中した。馬鹿!!と。
陸遜は瞬時にギロッと孫策を睨みターゲットに定めると、一瞬で間合いを詰め発動させた。



「全力でいきます」



陸遜が無双乱舞を発動させ、その場は一時騒然となった。









不器用な少年と少女は、まだ当分素直になれそうにありません。











END






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言い訳


そういう問題じゃないだろとシメの言葉にツッコミつつ(爆)
話が急展開過ぎてないかヒヤヒヤです。難しいなー小説書くの。書き易さはキャラにもよるんですが。

初め陸遜はあんな危険な助け方をせず、普通にラブロマンスの如く(笑)やってたんですが、臭すぎるし面白くないから書き直したんです。
うん、この方がウチの夢小説っぽい!全然甘くならないという落ちがあるんですが(・・・)
あぁ・・・・書き出してから完成するまで4ヶ月近くかかってる・・・(殴)
本当に遅筆ですいませんとしか言えません。







更新日:2007/09/15