虎試し 1
「これを周瑜殿に届けて下さい」
そう言って差し出されたのは1巻の書簡。とりあえずは言われたまま受け取るが、渋い顔を見せる。
「・・・・私あの人の部屋の場所知らないんだけど」
「方向的には孫策殿の部屋の近くです。道行く女官にでも聞いて覚えて来てください」
「・・・・はーい」
は棒読みで返事をするとさっさと廊下に出た。
は書簡届けが嫌いだった。
まだ色んな人の部屋の場所を知らないから陸遜の言うとおり誰かに聞かなきゃいけないし(陸遜は教えてくれない)、
部屋に辿り着けたとて中に目当ての人がいるとは限らない。
午前中は大体が執務の為自室に居てくれるが、あくまで大体なのだ。
もし居なかった場合、今度はさながら犯人を追う刑事のようにまた人に聞きながら捜さなければならない。
とにかく、書簡届けは面倒で嫌いだ。しかも新しい人への物だから余計に気が重い。
孫策の部屋近くと言わず、こうなったら出会った人にすぐ聞こう。
はそう心に決めて、スタスタと廊下を歩いていた。
ふと、進む先にある分かれ道の曲がり角からひょっこり孫権が出てきた。
孫権はに気付く事なく歩いて行こうとするので、は大声をあげる。
「孫権ー!」
「っ!?」
孫権はビクッと肩を震わせ反応した。
そして恐る恐るといった感じにの方を振り返る。の姿を確認した孫権は青ざめた顔をしていた。
・・・はて?何かしたかな私?っていうか面と向かって会うの初めてだったかも・・・・・・・。
もちろんはゲームで孫権のことを知っていたから気軽に名前を呼んだので、孫権からすればは
お前誰?であろう。
まぁの話ぐらい兄弟から聞いてる筈だから知らないわけもないのだが。
悪かったかなと思い始めて気まずい空気の中、それでも黙っていては本来のの目的が果たせないので駆け寄って喋りかけようとする。
のだが。
「あの、しゅ・・・」
「うわあああ!!!」
孫権は悲鳴をあげながら走って逃げ出した。
は駆け寄りかけた足をピタッと止め呆然と孫権がいなくなるまでを見つめる。
えっ私何かした?何で逃げるの?アレ?
最早何がなんだか分からない。化け物を見たような感じに逃げられた。
まさか自分の顔に何か異変が起きてるんではないかとは頬を擦ったり頭部を触ってみるがいつもと変わらない。
初対面のはずだからこそ何も思い当たる節がなくて、は怒ることも悲しむこともなく妙な気分になった。
そんな、が首を傾げているところに周泰が同じ道から現れた。
突然の彼の登場に今度はがビクッと肩を震わせる。
そういえば生周泰も初めだ。
そんな彼、周泰は数秒を見つめるが何も言わずに孫権を追うように走り去っていってしまった。
「・・・・な、何だったの・・・・・?」
本当に何なんだ。
謎は深まるばかりで、呆然と突っ立って呟やいてみても誰も答えをくれる者はいなかった。
それから数分後、孫策の部屋に辿り着く前に運良く周瑜と遭遇することが出来た。
「
しょうゆ・・・・・・じゃなくて、周瑜さん、これ陸遜からです」
「ん?おおすまない」
言い間違えそうになった名前は聞こえてないのか周瑜はご機嫌でから書簡を受け取るとその場で開いた。
するとおお!とか素晴らしい!とかいい…!とか何やら意味深な言葉が叫び出すので、は中身が気になった。
実はこの書簡、今までなかったのにひょっこり出て来たかのようで、は内容を知らない。
がジーッと周瑜を見ていると、思いが通じたのか周瑜は嬉しさそのままでにも書簡を見せてくれた。
「何々・・・・
『女性は何より美しい物を好みます。装飾品をあげるのが良いでしょう。金がないなら花でも構いません。
ただし雑草は駄目ですよ、また花言葉の意味を考え・・・・・・・・
って何?コレ」
は5行目まで読んだところで我に返り顔をあげた。
ちなみにまだ文字は延々と続いている。
怪訝な顔で周瑜を見上げると、彼は至って平然としていた。
「我が愛しの小喬への贈り物を陸遜に相談してみたのさ」
バックに花がつきそうなぐらい爽やかに言ってのけた。こいつは。
しょうゆは。
雑草は駄目って、そんな事わざわざ注意書きされてる阿呆さにどーでも良さを感じるが、書簡って、紙ってこの時代貴重なんじゃなかったっけ?
書き損じの竹でも使えよ。
ってゆーか
「直接話したらどうですか?」
「それだとどこで小喬が聞いてるかわからないだろう?小喬には極秘にして驚かせたいからこの事は私と陸遜だけの秘密なのだよ」
「たった今私にバレましたけど」
「は良い子だから小喬に喋ったりはしないだろう?おっと一番良い子で可愛いのは小喬だがね」
事実でも一言余計だ。
私良い子ですけどけなされるのは嫌いなんで黙ってないですよ。
そうハッキリ口にして周瑜を困らせてやりたかったが我慢した。
妙にキラキラと、そしてを信じきってる為呆れながらも邪険に扱えない。
それにしてもこの国平和だな・・・・戦とかないんだろうか。
と戻ってから陸遜に聞いてみると、ハァと溜め息を吐かれた。
「そうですね、平和呆けするほど随分戦はしていません」
どうやら今回の溜め息はに対してではなく国に対してだった。
戦がないとは良いことだ。だが陸遜の反応はかなり裏がありそうな感じがする。
書き終えた書簡をに渡すと陸遜は筆をおいて茶を飲む。
はヒラヒラと書簡が早く乾くよう揺らした。
「でも三国は統一しようとするんでしょ?魏や蜀が攻めてくることは?」
「ありません。
馬鹿ですから」
「へ?」
今すっごく聞き捨てならない事を聞いた気がする。
ポカンと口をあけるを余所に陸遜は話を続けた。
「魏は今名のある将達が曹操主催の温泉旅行に出掛け、
その先で曹操が行方不明になり捜索中です。
かれこれ1ヶ月は経ってますし、当分無理でしょう」
「しょ、蜀は・・・・?」
「もともと君主劉備はその人柄上あまり戦を好みませんし、
今は田植えの時期で忙しいはず。
それに殿は知らなかったかもしれませんが、今は同盟も組んでる最中です」
一気に情報が入ってきて理解できない。
え、何?魏は旅行いって迷子?蜀は田植えて・・・確かに農家の皆さんにとってはそんな時期もあるだろうけどさ。
信じられないことだらけだが、それが本当なら更に疑問が浮かぶ。
は恐る恐る尋ねた。
「・・・・・魏を倒すチャンスじゃないの?攻めないの?」
ゲームをしていた時から三国でどこかを贔屓することはなかったが、今はお世話になってる以上呉を応援する。
というか至極もっともな意見だと思う。
すると陸遜は再度溜め息を吐いて頬杖つくと、呆れた声で言った。
「ええ、チャンスというやつですね。ですがここ呉も馬鹿ということですよ」
チャンスはがよく使う外来語であり陸遜も意味を覚えた単語の一つだ。
ってゆーか自国なのにハッキリ言ったね。容赦ないねアンタ。
ツッコミは心の中にしまっておいて、話の内容に返す言葉もなく黙っていると、一応弁解という補足をつけたしてくれた。
「まぁ攻めても仕方ないという面も確かにあります。曹魏の城は楽に落とせても肝心の大将の首が取れませんから。
側近の武将達も健在のままですし、すぐに新しい勢力として展開してしまうでしょう」
それでも都取っちゃえば有利なのにね、はははと陸遜はだんだん疲れて壊れたように言うので、は珍しく率先して新しいお茶を淹れた。
陸遜も苦労してそうだ。
周瑜は変だし甘寧は馬鹿だし陸遜は腹黒いし、来た時からなんか印象が違うなとは思ってたが、他の国もどこか抜けていてこの世界自体また特殊なのかもしれない。
ちょっと見てみたい。無理なら早く帰りたい(ある意味恐いから)
は乾いた書簡を丸め席を立つと、そのまま窓際まで行きなんとなく外を眺めた。
高層ビルも何もない、ただ雄大な山々と広く明るい空が見えるだけだった。
*********
「なぁ劉備くん元気かな〜?芋はいっぱい取れてるかな〜?」
「・・・・・はぁ。大殿が気にしても仕方のないことでしょう」
孫堅は遠くを見つめるように、恐らく蜀の劉備に向かって呟いた。
側にいた呂蒙は律儀に答えるが、その表情には疲れが見える。
何故か孫堅と劉備は仲良しだ。尚香が劉備に嫁ぐのにも何も躊躇いはないむしろ劉備くんにこそと賛成している。
基本的に呉の面々はぽやぽや〜としている。
外を眺めていた孫堅だったが、急に何かを思いついたようにニヤリと笑った。
何だその笑みは。また面倒事を考えてるんじゃないだろうな。
怪しい笑みを見逃せなかった呂蒙は覚悟を決めて尋ねる。
「大殿、何か・・・・?」
「ん?いや何でもない!ははは呂蒙私は部屋に戻るから下がってなさい」
めちゃくちゃ怪しい。
しかし呂蒙にそれを追及するだけの度胸はないので、命令通り一礼すると部屋を出た。
何か、一波乱が起こりそうな予感。
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言い訳
この香月シリーズが短編なのか連載なのか本気で分かりませんこんにちは(殴)
でも今回のはハッキリと今後への繋ぎ目です。
孫権&周泰の扱いと、私的に一番壊している周瑜の紹介と、蜀&魏の紹介。そんな感じ。
せっかくヒロインは現代人という設定なんですが、私自身が正確な三国時代の情報を持っていないので
リアルに描こうとしても中途半端になるだけ、ならばいっそ壊してしまおう。
そういうノリでいきますので石は投げないでくださいお願いします。
早く蜀の面々とも出会いたいけど一応順序を踏まえて進みます(とするとやっぱ連載なのかなぁ/謎)
追記:タイトル「醤油」でしたが、続き物とするため「虎試し」に変更しました。
更新日:2007/06/10