剣の舞 5
明るい場から、急に暗くひんやりした場所に出ても尚歩く。
外の景色が見えるとこまで来てからようやく陸遜は止まった。
「な、何陸遜?私何かまずいことした?」
恐る恐るは訊いた。
まさかいきなり連れ出されるとは思わなかった。
何で邪魔するのかという疑問以前に陸遜がこんな事するとは思えなかったから、きっと何かやっちまったんだろう。
連れ出す時から陸遜の顔が強張っていたので、は不安にかられていた。
陸遜は数秒間を空けてからゆっくり口を開く。
「・・・・・あぁ、そうですね。別に構わないと言えばそうですが」
・・・・ん?陸遜が何を言いたいのか分からない。
月だけが2人を照らしてくれるこの場所で、陸遜は俯いていた。表情が見えない。
―――陸遜は混乱していた。
確かにが安易に諸葛亮及び蜀の興味をそそるような事をして見せたのは愚直だが、別にそんな危険視していなかったのだからが悪い訳じゃない。
いきなり1人占めするように連れ出す必要はなかった筈だが、をあのまま見せているのが恐かったのだ。
我ながら馬鹿だな、と思うが仕方ない。
直ぐに戻るのもやっぱり心配ではあるし気が引けるので、時間稼ぎをしよう。
陸遜はそう頭の整理をすると、やっといつもの調子に戻った。
「さっきのは、何ですか?」
「えっ携帯?あーいう事が出来る道具なんだけど・・・・・・・」
は携帯を取り出して陸遜に手渡した。とても小さい。
これにさっきの声が?仕組みがサッパリ分からない。
パカッと開けたら不思議な絵が描かれている・・・・・・・と思ったら動いた。
・・・・・・・・・これは生き物?
陸遜が首を傾げ顔をしかめていると、いつもの陸遜だと思っては笑った。
「本来は電話・・・・・・遠くの人と話す為のものなんだけどね」
「遠く?人を使わずに遠くの者と連絡を取れるのですか?」
「まぁまた別の道具というか、力を使って成り立ってるんだけど」
そこまで言ってから説明するのがややこしくなり、は茶化した。
「今まで全く興味持たなかったくせに、どうしたの急に?」
「そんな凄い物今まで出さなかったじゃないですか。・・・・それより、今後その携帯の事を誰かに聞かれても誤魔化して教えないで下さい」
「え、だめ?誰かって、尚香達も?」
驚くに陸遜が頷く。
「駄目です。姫様は劉備と繋がりがありますからね。みすみす蜀にその知識を教えたくない」
「あーそういう事・・・・・・」
何故陸遜が危険視したかの理由を悟り、は苦笑した。
心配なのは分かるがどんなに聞かれたり携帯分解されたって真似出来ないだろうに。
まぁ陸遜達にとっちゃ勝手が分からないし心配だろうから、極力協力はするけど。
そこまで考えてハッとは気付いた。
「もしかして宴を抜け出したのもそのせい?」
「えぇそうです」
「じゃあ、もう戻らないの!?」
「そこまで言ってません。ほとぼりが冷める頃に・・・・・・酒が回り始めたらみんな忘れるでしょうから」
「うー、そっか・・・・」
楽しみにしていたのだから当たり前だが、残念がるに陸遜は少し心が痛んだ。
この状況に持ってきてしまった罪悪感と、もう一つ・・・・・・陸遜は無意識の内に声にした。
「・・・・・・殿は、私と2人きりは嫌ですか?」
「へっ!?」
急に陸遜が真っ直ぐ自分を見つめてくるのでの心臓が飛び跳ねた。
急に何言い出すのこの子。
ぎゃああ綺麗な顔してこっち見るなぁああ!
「り、陸遜酔ってるの!?」
「失礼ですね。聞いてみただけですよ」
誤魔化し紛れに言った事に冷めた目で答えられたのでも冷めた。
何この温度差。風が涼しいから冷めやすいって事にしておこう。
陸遜が溜め息を吐いてダラリとしゃがんで壁にもたれ掛かったので、も同じようにして楽な姿勢を取った。
月の死角に入ったので前方が明るいだけでお互いの姿は見えにくくなってるだろう。
隣にいるって存在感はあるから、闇に紛れててもなんか安心する。
・・・・・・・・こうしてるのも良いかもしれないなぁ。
はこっそりはにかみながら続きを答えた。
「っていうか何だかんだいつも一緒じゃない。嫌いだったらとっくのとーに逃げ出してる」
「そうですね。まぁ逃げ出す事自体許しませんが」
「おお恐っ」
気をつけないと、とは笑った。
ったく、呑気だなと隣で笑う彼女の声を聞きながら陸遜は今後の事を考えていた。
どうせ蜀は馬鹿だし、異国人と意識したって殿には何の取り柄もない。
特に注意をしなくても大丈夫と高を括っていたのだが、諸葛亮のあの視線がどうも気になる。
杞憂であれば良いのだが、あいつらが滞在中は少し配慮をしなくては。
まぁまず一番の問題は宴に戻ってからの事後処理なのだが。
そこに意識が辿り着いて、あー戻りたくねーと陸遜は遠い目をした。
「っくしゅ」
しかしそんな時、がくしゃみをした。
「・・・・・・・そろそろ戻りますか」
「・・・・・うん」
いくら暖かい気温といえど夜は肌寒い。
は半袖であるし陸遜も1枚着で貸してあげられる上着を身につけていないので、必然的に戻るしかない。
結構時間が経ってるし、もう酔って寝たりしてる者もいて良い頃だろう。
が立ち上がり一歩進んで陸遜も立ち上がる。
ふと振り返ったは、月の光を全身に浴びて綺麗だった。
微笑んで一緒に歩き出すのを待ってくれる彼女が愛らしい。
少し見惚れた陸遜だったが、直ぐに現実に引き戻った。
もとい引き戻される原因を見てしまった。
「その虎耳どうにかならないんですか?」
怪訝そうに陸遜は言う。
別にそんな変なものつけなくても良いのに。
むしろそれが目立つからない方が良い。
するとは苦笑しながらフニフニ虎耳を触った。
「それが髪に思いっきりねじ込まれてるみたいで・・・・・・取るには髪も解かないといけないんだよ」
せっかく女官が整えてくれたものを崩す訳にはいかない。
崩した場合修復出来そうにないし。なんか女官の悪意を感じるが。
陸遜はの髪にそっと触れ、虎耳をいじってみた。
フニフニフニ・・・・・・・思ったより柔らかいな・・・・・・・ってそれはどうでもよくて。
陸遜は諦め切れずにむーと唸りながら弄り引っ張ってみた。
「いだっ」
「あ、すみません」
「いっ・・・・ちょおお反省してないだろ!」
大人しくしたいようにさせていたが、全く陸遜にを気遣う様子がないので手を振り払って離れた。
乙女の髪を何だと思ってるんだ。
陸遜は悪びれることなく空いた手をヒラヒラさせ楽しそうに笑った。
「まぁ今更取っても変わりないですね」
「いじってから言うな」
こーいう時だけ良い笑顔見せやがって。
煮え切らない思いを感じつつ、は何とか自分で形を整えようと両手で触るが、鏡がないから上手くいってんだか分からず苦戦する。
見かねた陸遜が再度手を伸ばした。
「ぎゃっ」
「直してあげますよ」
また変にされるかと思って小さく悲鳴を上げてしまったが、そーではなさそうなので、前科があるものの渋々触らせた。
目の前に自分の頭上を見る陸遜の顔がある。
今更だが近い。
黙ってれば、本当に憎まれ口さえ叩かなければ格好良いのになぁ。
「私の顔に何か?」
「いや別に」
思いっ切り見てたのがバレてたみたいで、は直ぐに視線を逸らした。
恥ずかしさと後味の悪さに胸がドキドキ鳴り響いている。
ちくしょうそーいう事も気付かないフリでもしてくれたら変に意識しないのに!
が心の中で悪態をつく中、一方の陸遜もを黙ってれば、理解不能な言動さえしなければそこそこ可愛いのになぁなどと思っていた。
既に一言余計な考えが混じってるのでの思いはなかなか通らないだろう。お互い様だが。
「はい、出来ました」
「ありがと」
陸遜はの髪を整え終えると、先に歩き出した。
月の光の届かない暗闇の中へ。
は見失わないように、離れないように直ぐに隣に並んで歩いていった。
達が宴を抜け出してから戻るまで2時間。
会場付近に近付くにつれ妙な熱気と歓声・悲鳴が聞こえてきて少しはたじろいでいた。
だいぶ大騒ぎしているようで。所々悲鳴みたいな叫びが聞こえるのがちょっと怖い。
それでも陸遜はスタスタ歩き、何事もなかったかのように入っていくので、も後ろについてこっそり入る。
中に入ると、出た時とは大違いで荒れまくってる会場内に驚いた。
椅子や卓が倒れたり転がってるのと同じように、人も転がっていた。
ぎゃあぎゃあ煩い原因は舞台中央にあった。
・・・・・・孫権が酒に酔って大暴れしている。
いつもの様子とは天地がひっくり返る程違う。
人間こうも変われるのか。
呆然と突っ立ったを余所に陸遜は適当に入り口付近の離れた位置にある卓と椅子を直して座った。
ぎょっとして陸遜を見ると、彼は頬杖をついて傍観に徹するようだった。
「あれ止めないの?」
「もう暫くして弱ってからでも遅くないでしょう。面倒だし」
本音が包み隠さず飛び出たが、一旦決めたらなかなか動かない奴なので説得しようとしても無駄だろう。
陸遜の責任でもないし。
も椅子を持ってきて陸遜の隣に座ろうとしたら、その前に「飲み物とってください」と言われ、は近くの卓にあった水差しを手に取った。
丁度自分も喉が渇いていたところだ。
適当なところから杯も2つ拝借して、とぽとぽ陸遜の分から注いでやった。
すると自分の分を淹れる前に、2人に気付いた尚香がフラフラ寄ってきた。
「あ〜ら〜?、ここに居たんだぁ〜」
「しょ、尚香大丈夫?」
「やっだぁったら!私がこんぐらいで潰れる訳ないじゃな〜い!」
顔を赤くしてケラケラ笑いながら言う尚香は完全に酔っている。
恐らくこの会場にいる殆どが酔ってんだろう。孫策寝っ転がってるし。
うわぁ本当に後が大変そうだ。
そんな事を考えてると、急に尚香はの腕を掴んだ。
「陸遜!今度は私がを借りてくからね!」
「えっ」
「どうぞご自由に」
視線を合わせることなく、が注いだ水を飲んで寛ぎながら陸遜は言うが、その前から既に尚香はズルズルを引きずった。
待て待て私の意思は関係なしかい!しかも水のお礼もなしかよー!
別に尚香といるのが嫌とか陸遜と離れたくないとかそんなことある訳ないが、尚香の向かってる先が孫権のいる中央なので恐い。
「いーやー死にたくなーいー!」
「死んでも花畑だから大丈夫よーう!」
「いや意味分からん!っていうかそれ絶対大丈夫じゃなーい!!」
叫びながら劉備はどうしたんだと思ってると、視界の端で酔い潰れて卓にくかーっと寝そべってる彼を見た。
既に犠牲者か。って良いのか劉備にそんなことして。
そうこうしてる内に孫権の元まで辿り着いた。
彼は据わった目でズイッと酒瓶をに突き出した。
「ひっく、も飲め」
「わ、私はいらない。別に無理して飲まなくても・・・・・」
「嫌よ、も飲んで!」
「!?」
拒否しただが尚香が無理やりの顔を掴んで固定すると孫権が瓶ごとの口に突っ込んだ。
勢い余って歯に当たった。痛いとか感じる間もなく酒が流し込まれてむせかえる。
最初に飲んだ酒よりは苦くないし口どけは良いが・・・・・・あれ?なんか一瞬でグラッと頭からきたんですが。
だるくてボーっとしてくる、アルコールが入った時の症状。度は高いやつだったんだろうか。
はフラフラと普通に立ってるのが辛かったので身近な椅子に座った。
だめだだめだ酔いが回る。
しかし尚香と孫権はを挟むように隣に座って尚も酒を勧める。
「いや、もう十分。そんなに一気に飲めないってぇ」
「大丈夫、倒れてもぉ陸遜が優しく介抱してく、れ、る、わ、よ」
語尾にハートがつくような甘えた声で尚香が言うが、酔うなと言われて分かってると最初にやり取りした以上、奴が優しく介抱してくれる訳がない。
絶対後が恐い。
しかしこの時、は酔いの延長で思考が楽観的になっていた。
ダメだと思うも次には大丈夫かななんて安易に思考が働く。
そうなるとキッパリ拒否することも出来ず、再び酒を無理矢理口に押し付けられればゴクゴクそれを飲んでいた。
結局は完全に酔って眠気に負けてスースーと卓に突っ伏した。
尚香も疲れ果て一緒に眠り、孫権だけがピンピンとまだ酒を持って暴れていた。
トンッ
「ぐっ!?」
「孫権殿、もう良いでしょう」
やっと陸遜は孫権を止めた。首の裏に手刀を一発である。
殿の息子だから、と加減せずに容赦なく出来るのは陸遜の他に尚香や孫策と数人いるが、大体が酒に酔い潰れて頼りにならないので、いつも陸遜が止める係となっている。
辺りはすっかり酒に酔い潰れた者で埋め尽くされていた。
蜀も生存者はごく僅か。
それもやっぱり顔ぶれは毎回同じようなものなので、お互い大変ですねと苦笑しながらそそくさと後片付けに入る。
蜀将に会場の片付けはさせないが仲間は引き取ってもらわねば困る。
呉の宴に参加していた面々も、会場は女官や担当兵士に任せて諸将達の引き取りから始めた。
陸遜は寝ているをよいしょっと抱え上げる。
それに気付いた女官が声を上げた。
「あ、陸遜様!なら私共でも平気ですので、先にお休みになって頂いて構いませんよ」
「いえ、帰りついでですから。お気遣い有り難う御座います」
女官に向かってやんわり微笑んでから陸遜は会場を後にした。
すっかり真っ暗な通路を、迷うことなく歩いていく。
人肌の温もりを感じるからだろうか、別に暗ーい怖ーいきゃー!なんていうキャラでもないが、ほっと安心するものがある。
陸遜はの部屋の場所を知っている。
しかし一度も来た事はなかった。理由は色々ある。
わざわざ陸遜自ら仕事の迎えに行く機会はなかったし、作ろうともしなかった。
が寝坊しようが迷子になろうが陸遜はいつも待っている。
部屋に遊びに行くなんて友達みたいな関係でもないし、興味がある訳でもない。
逆にも陸遜の家に興味を持つことはなく、お互い深く踏み込もうとはしてこなかった。
部下と上司の関係を貫いていたのだ。お互いそれだけではない感情を持っているのに。
の部屋に辿り着き、陸遜はを抱えたまま器用に鍵を開け扉を押し中に入った。
丁度正面奥に窓があり、そこから月の光が僅かに入る。
寝台は窓のすぐ下に位置しており、火を点けなくとも分かった。
だんだん目が慣れてくるとうっすら部屋の全体像が見えてくる。簡素だ。
寝台の他には小さな卓と椅子、それに箪笥ぐらいしかめぼしい家具はない。
所々陸遜にも良く分からない物体が置いてあるが、恐らく周りからの贈り物であろう。
姫が良く変なもの買ってくるようになったし。
陸遜はをゆっくり寝台の上に寝かせてあげた。
直ぐに離れず、ジッと見る。
本当に安らかな寝顔で、幸せそう。
あんなに言ってたのにぐっすり眠って手間取らせやがって、憎たらしくもある。
ふと、髪飾りが邪魔で寝心地が悪くなりそうなので、髪だけは外してあげる事にした。
どこがどう止まってるのか分からず少し苦戦するが、解くだけなので一本取れば後は難なく外れていく。
・・・・・・・この虎耳、本当に気持ち良いな。
度肝を抜かれた変な物体も外れ、最後にフニフニ触って、2個共卓の上に置いた。
団子にしていたせいですっかり跡がつきグシャグシャのの髪を、手櫛で数回解かして撫でた。
サラサラ〜・・・・・・とはいかず、何度解かしてももっこりとした跡は真っ直ぐにならなくて、癖が強くて強情で、何だか彼女自身みたいでイラッともきたが笑えた。
「・・・・・・貴女が悪いんですよ」
陸遜は鼻で笑って小さく呟いた。
宴で妙な事して心配させるから
酒に酔ってさっさと寝るから
私に酒を、飲ませたから
時が止まったようだった。
陸遜はゆっくり顔を近付けて、の唇に、唇で触れた。
押し当てるだけの、優しい口づけ。
実際は直ぐに放したが、何だか長い間触ってたような、この時を待っていたような気がする。
そんな訳、ないのに。
陸遜はそっと毛布をかけると、お休みなさいとに言ってから、部屋を去った。
月が誰にも妨げられることなく輝いた、夢のような一夜だった。
END
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言い訳
( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
陸遜がいつ酒を飲んだって?
それはちゃん自身が注いで渡してたではありませんか(きっと無香料だったんだ!殴)
長々と失礼しました。
次回から、蜀のキャラがラッシュの如く出てくる・・・・・訳でもなく(ぇ)、でも呉蜀編のスタートです!
1話事に昔のようにキャラ紹介みたいな書き方になってるので、順々に登場ですね。
それだけ分けて書くということで書きたい事は山積みなのに、更新速度と比例しないのは、何故か。
更新日:2008/09/07