「陸遜様、失礼します。呂蒙様から準備ができたとの言付けです」

「わかりました、ご苦労様です」



静かな執務室に外からの声がかかった。
おしとやかな女官が一礼して中に入り、用件だけを簡潔に述べるとまた一礼して去る。
陸遜もまた穏やかに無駄なく答え、はその一連の動きを仕事の手を止め見ていた。
毎日色んな人が何らかの用で陸遜を訪ねてくるが、ここまでアッサリしているのは初めて見る。
一体なんの準備だろう。
不思議そうに見やるに陸遜は穏やかな表情のまま視線を移した。



殿支度をしてください。元居た世界へ帰れるかもしれませんよ」

「え?」











*********










準備というのはが現代へと帰る為の準備だった。
今まですぐに帰る試みをしなかったのは、孫堅率いる孫家の興味本位からまだ留まって欲しかったのと、 それなら過去に似たような事例がなかったか等調べてからで良いだろうとの事だったのだ。
文献から帰る方法が分かるかもしれない。
としてもどうしてこっちに来たのか全く分からずどうすれば良いかも分からないので、そうして貰えるなら助かるとお言葉に甘えていた。
せっかく呉の人々とも仲良くなってきて少し名残惜しいが、にも元の生活がある。
元々戻れるまでという話だったし、こればっかりは仕方のないことだ。





、お前が現れたのはここで間違いないな?」

「はい」




呂蒙に確認されは頷く。手にはこっちに持ってきていたもの全てを入れた鞄がぶら下がっている。
が現れたというのは、城の奥にあるあまり使われていない小さな倉庫だった。
たまたま近くを通りかかった兵士が、物音がするから何事かと覗いたらが居たそうだ。
そして取り囲まれ武将達の元へ連行されたのである。
その時のことはもよく覚えている。


呂蒙の他には、陸遜、尚香、周瑜、凌統・・・・・・とほとんどの名だたる将が集まっていた。孫堅までいる。
いない顔有り武将といえば孫権と周泰ぐらいか。
しかし、涙の別れの挨拶をしにという雰囲気でもない。
涙の別れをするにはまだ日が浅すぎるし、笑顔でお別れはとても良いとおもうんだけど。
どっちかというと好奇の目を感じる。




「それじゃあ、まずその場所に座ってくれ」




言われるままは倉庫の中央に座った。
これだけ大勢に見られている為か、なんとなく正座。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・」




何故か沈黙が流れる。
呂蒙もみんなもただジッとを見ているだけで、何も言葉を発しない。
不思議に思ったのと、見られているだけというこの沈黙に耐えられなくて恐る恐るは口を開いた。



「・・・・あの、で、次は何をすれば?」

「いや何もしなくていい。その場にジッと、1日程試してくれないか?」

「はぁ!?」



周瑜がしれっと言うのでは素っ頓狂な声をあげた。
しかしその反応も予測済みなのか呂蒙が宥めて言う。



「古い文献に似たような事例がなくてな、仕方ないから我々の想像出来る範囲で色々試してみようということになったんだ。 そこでまずは突然現れたなら突然帰らないかなと普通に・・・・

「だったらとっくに帰ってるわ!!」



のツッコミが室内に響く。
凌統と太子慈だけが顔を逸らした(心中と同じ常識人の証)
呂蒙はまともな良い人だと思ってたのに、天然という恐ろしい武器がついてるようだ。



、頑張らなくていいのよ!いつまでもここに居ていいんだから!」

「そうそうっ、ともっと喋りたいよー!」

「私もですさん・・・」



尚香を筆頭に二喬も何かズレた事を言う。その言葉は嬉しい。嬉しいが、何を頑張れというんだ。
本当にこれで帰れるかもしれないと信じてるのは周瑜、呂蒙、甘寧、孫策、黄蓋、孫堅もだ。表情がわくわくしている。
殿、そんな楽しそうな顔しないで下さいとは心の中で泣きたくなった。
無理だと思っても絶対とは言えない。
しかもみんなの気持ちを無碍にできないは、ジッと我慢して待ってみるしか選択肢がなかった。
覚悟を決め、でも暇なのでとりあえずみんなの顔を見渡していると・・・・・・・そうそう忘れちゃいけない奴がいた。
そいつも無理だと思ってる為笑いを堪えてる。

憎らしい奴だ、陸遜。










「では私は仕事があるので失礼する」

「む、わしもじゃ」

「俺もだな」



1人が言い出すと他のみんなも連鎖されて思い出し、次々と倉庫を出て行く。
は完全に1日放置されるようだ。
その際に頑張れよーとかまたな!とか声をかけるので、は微笑しながら手を振った。

みんな上位の人間だから忙しいので仕方ない。
でもあまりにもまた明日☆とあっさりしているので本当にこのまま成功して帰って後悔させてやりたいと思った。(黒)




「また後で様子見にくるからー!」

「鍛錬が終わったら碁盤持ってきてオセロの相手してやるよ」



尚香や凌統達も行ってしまいなんだかんだでこの場に居るのはと陸遜だけになった。
相も変わらず陸遜が可笑しそうにを見るので、は苛立ちと居たたまれなさでプイッとそっぽを向いた。



「・・・・陸遜も仕事あるんでしょ。早く行きなよ」

「別に今日中に片づけなくてもいいものだから大丈夫ですよ」



え、ということはずっと一緒に居てくれるの?

案外優しい答えが帰ってきたので思わずは陸遜を見る。
目が合うと陸遜はニッコリ笑った。
その笑顔に不覚にもドキッとしてしまうが、陸遜がこんなに優しい訳がない絶対何か裏がある。
そこで1つ、陸遜が妙に優しく一緒に居てくれる理由を自分の置かれてる状況を踏まえて考えてみた。



「・・・・・・・同情ですか?」

「ええそうです」

「そこ、肯定しないで・・・・!!」



はガクッとうなだれた。そうか同情されてるのかあははのは。そんな心境である。
それなら今度から同情ついでにりっくんと呼んでも良いですか。と聞きたいがそれは元居た世界ではなく先祖の皆様のいる方にいってしまいそうだから言わない。
のコロコロ変わる素直な反応が面白くて陸遜は楽しそうに頬を緩める。



「でも、殿はこれからもっと大変ですよ」

「・・・何でよ」



暇つぶしになるでしょうと、陸遜は事の経緯を説明してくれた。














**********









それは軍師の面々で会議をしている時だった。
資料探しをしてくれた部下から報告を聞き呂蒙と周瑜が真剣に話す。



「やはりどの書物にものような事例は載っていないか・・・」

「しかし来た道があるのなら帰る道もあるのが道理。我々の力でどうにかするしかない!」

「しかし周瑜殿、どうやって・・・」

「何事もやってみるのが肝心だ。こうやったら戻れそうだな〜っというのを考えてみよう」



かなりアバウトだ。しかし周瑜はノリノリで楽しそう。
陸遜は正直、我が儘な話だが色んな意味でに帰って欲しくないし、考える内容自体が突拍子もなく馬鹿らしいので口を挟まないつもりでいた。
けれど出る案はしょうもないものばかり。



「まず基本から、現れた場所に何もせずずっと居てみてはどうだろう?1ヶ月ぐらい

殿を殺す気ですか」

「む・・・・何かの儀式をするとか。南蛮あたりの

「そんな話聞いたことありません」

「駄目だぞ陸遜!今は何事もやってみようというのが大事だ。その儀式もいいかもしれない」

「だから根拠にするものがなければ儀式なんて成り立ちません!」

「空に放り投げりゃどうだ!?消えるかも!」



突如甘寧が窓から乱入してきたので陸遜は無言で彼を放り投げ捨てた。



「投げる・・・・・・良いやもしれん!」

「え?私に投げ飛ばされたいんですか周瑜殿?」







**********











「・・・・・・・・・という具合で。更にその後諸将達にも意見を求めたようで、何をされるかわかりませんよ」



やれやれと陸遜は喋りながらその時の事を思い出したのかハァと溜息をついた。
聞いていては青ざめた。なんか、今みたいな全く意味のなさそうなこともさせられる?
ってゆーか



「私死なないよね・・・・?」

「・・・・・・・・・・」



陸遜は顔を逸らした。



「ちょっ、どーいう意味よそれ!否定してよ!!」

「・・・・・・頑張ってください」

「だから何を頑張れって言うんだぁああ!!!」

「・・・ぷっはは、1日の辛抱ですから。では殿、また明日」



冗談だったのか何なのか、香月の慌てっぷりを見て結局陸遜はまた笑って倉庫を後にする。
その際最後に言われた言葉、また明日。また明日会いましょうという約束。
陸遜の声音に皮肉の中にも嬉しさが混じっていたような気がして、は妙な気持ちで見送るのであった。




「・・・・また明日、陸遜」






















次の日、再び呂蒙率いる面々が倉庫にやってくると、すっかりは正座を崩してゴロゴロと横になり、あまつさえもうお昼になるというのに寝ている。
少し目が腫れている気がしないでもないが、昨日の出来事がなかったかのように能天気な寝顔だ。
こんなとこでは寝心地悪くてむしろ寝られなさそうなのだが、親切な女官が夜に届けてくれた掛け布のおかげでとても気持ちよさそう。
周瑜は容赦なくを蹴って起こした。



「ぐふっ!!」

「君の為にやっているのだよさあ起きて」

「うあ〜何すんだこのロリコン」



気持ち良いところを乱暴に起こされ、は通常よりも口が悪いが誰もロリコンという言葉を知らない為嫌みを言われてるとも知らず気にしない。
尚香が朝食をくれたのでその場でもふもふ食べていると周瑜に変わって呂蒙が口を開いた。



「で、。次の実験なのだが・・・・」



もう完全に実験とか言っちゃってる。
まだはっきりしない頭でこりゃもう駄目だなとは他人ごとのように思った。



「ここにその道に詳しい方を呼んだ。儀式によって帰り道を作るんだ。金も払ったしこれなら大丈夫だ」




何故か自信満々に呂蒙が言うので、は陸遜の方を見た。騙されてないか、と。すると案の定肯定の意味として、陸遜は遠い目をしていた。
大丈夫なのか呉。は自分の身よりもそっちの方が心配になってきた。




「我・・・・・・違ウ・・・・・・・」




そしての目の前に現れたのは3衣装の魏延だった。
は声にも出さずに変な顔でもう一度陸遜を見る。マジですか、と。するとコクリと頷きマジですよと返ってきた。
あーら陸遜も少しずつ現代語覚えてきたのねぇ〜・・・・



「って何で魏延なの!騙されてるっ確実に騙されてるって魏延も騙されたの!?そうだよね出来ないって分かってるよね、誰だぁああ黒幕ーーー!!!




はやっと溜めていたツッコミを声にして吐き出した。



「どこをどう見たって蜀の魏延じゃん。この特徴ありまくりの人見間違うわけないじゃん。どこで拾って来たんだよいや金払わされたならどこでその悪徳商売やってんですかやっぱ蜀ですか」



ツッコミより自己完結に近いが言いたいことは言った。
何故3衣装もしくはモデル3なのかは不明だが、それでも見間違う筈がない。
すると一部の常に脳天気組以外の人物から生温かい視線を受けた。
それがに賛同してなのか何言ってんだこいつというものなのかは定かではないが、とにかく居心地悪い空気になった。




「何を言っている、魏延といえば蜀の将ではないか。彼は違うだろう」

「見つけたのは俺なんだずぇ!城下に遊びに行ったらなんか白カボチャ頭に乗せたおっさんとコイツが居てな、何でも出来るっつーから頼んだんだ!」

「どんな儀式をやるか俺も興味がある!さ、必要な物は何でも言って下さい」

「おう、俺がひとっ走りしてやるぜ!!」



とりあえず気付いてない馬鹿というか頭のネジが抜けてる上から順に周瑜、孫策、呂蒙、甘寧には冷めた視線を送ろう。
白カボチャといえばあいつしかいない。しかも奴も3衣装となると、4人は気付かなかったんだろうな。
そしてこの内軍師が2人も入ってることに、は呉の行く末を本気で心配した。




「諸葛亮・・・・・騙シタ・・・・・・・デモ劉備・・・為・・・・」




断片的な言葉だけでも、には魏延がここにいる理由がなんとなく把握できた。
確実に諸葛亮に騙されて金のダシにでもされたんだ。
でもそれが劉備の為になる事だと分かってるから、ここまで来た。なんて良い子だろう(泣)
しかし、魏延が本格的な儀式の仕方をしってるとは思えないし、いったい何をする気だ。
が不安気に魏延を見ていると、彼はとんでもない事を言い出した。



「壺・・・水・・・人肉・・・・・・・用意シロ」

「甘寧!行ってこい!」

「よっしゃ燃えてきたぜーー!!先に太子慈覚悟!!」

「うわああ何する甘寧!?」

「おめぇ体格良いからちょっとぐらい肉とっても平気だろ!」

「んな訳あるかぁあああ!!ぎゃああああああ!!!!」

「だあああ駄目駄目止めなさい甘寧ー!誰か止めてー!」

「馬鹿!やめろっつーの!!」



あまりに急な甘寧の攻撃に太子慈は反応できず押し倒される。
間一髪のところで凌統の素早い足蹴りにより甘寧の刃から救われた。その甘寧はというと衝撃で壁にめり込んでいる(自業自得)
その場は一時騒然となった。
もう少しで怖ろしい流血沙汰になるところで、は顔面蒼白開いた口が塞がらなかった。
そしてそのまま勢いに任せて怒鳴る。



「いい!もういい!こんな誰かが犠牲になってまで帰りたくない!!私の為にやってくれるのは嬉しいけどこんなの嫌!!」



息つぎも忘れて言い切った。
嫌だった。確かに何かをする為に生け贄とか、そういう話があるのも知ってるが、は絶対それをさせたくなかった。
赤の他人でもだ。単純に人が死ぬのが嫌。恐い。

肩をワナワナ震えさせながら、はキッと睨みつけた。
誰にという訳ではない、この方法・場に対してだ。
の怒声によりシーンと静まりかえる室内だったが、孫堅が真剣な面持ちでスッとの前に立った。
は孫堅を前にしても意思を崩さないという意味で表情も崩さなかった。
互いに目を逸らさずジッと相手を見つめる。
すると何か観念したのか分からないが孫堅はフッと笑い、頬を緩ませた。



「・・・・そうか。の気持ちは大変良くわかった。こんなことはもうやめよう!」

「・・・!!殿!!」



ニッコリ笑う孫堅。
その言葉、その笑みに、自然と強張っていたの表情が緩んだ。
思いが伝わった。単純に嬉しかった。
途端に空気も和らぎ、の嬉しそうな表情を見て孫堅はうんうんと目を細めて頷くと、後ろを振り返り声高らかに言った。



「皆聞いたか!?はずっとここに居たいそうだ!これからずっと一緒だぞ!!!

「・・・・・・アレ?」

「やったーーー!!!」

「晴れて孫家の一員だな!よっしゃあああ飲もうぜ!!」


ワアアアアア



孫堅に続いて尚香、孫策と拳を振り上げるとそれが室内全体に広がりもの凄い歓声となった。
しかしは腑に落ちない。何か今凄いこと言ったよね、殿。聞き間違いじゃないよね。
だが問いただす前に尚香に抱きつかれ、孫策に頭わしゃわしゃと撫でられ、甘寧に腕を掴まれ宙に放り投げられた。
そのままワッショイと胴上げである。何だコレ。
ワーギャーと悲鳴をあげていると、ふと少し離れた所で静かに事を見守る陸遜と目が合った。



「これからも、よろしくお願いしますよ殿」



それはとても挑戦的な笑みで、いつもの陸遜で、またこの日常が続くんだと思うとは急に可笑しくなった。
腹を括った。この状況を楽しもうと。



「あーもういつまでも居てやるよーーみんなの馬鹿ーーー!!!!」








室内中に、笑い声が響き渡った。













END







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言い訳


何だコレ。(書いたのはお前だろ)
意外な人まで壊れてると思われたかと思います。
弁解しておきますと、呂蒙さんは常識人です。苦労人の立場です。
ただちょっと天然で人(特に周瑜)の言葉を鵜呑みにするところがあります。

無理矢理終わらせた感たっぷりですが、書いてて非常に楽しかったです。
今後もこういうノリで行くと思うのでよろしくお願いします。
これが果たして陸遜夢と呼べるのかが一番不明ですが(オイ)


更新日:2007/06/04