温かな光に包まれて














、大丈夫ー?」

「うん平気ー」



梯子を上って屋根へとあがる。
ちょっと怖いが、慎重にいけば大丈夫だ。
屋根の先には、風で飛ばされてしまった洗濯物。
女官が困っていたので、が代わりに取りに行くところであった。



「落とすよー」

「ありがとー!」



無事洗濯物を手に掴むと、下で待っている女官に向けて投げる。
今は強い風も吹いてないので、ヒラヒラとゆっくり女官の元に落ちていった。
天気の良い洗濯日和、日光が温かく体を包み込み、風が気持ちいい。
は直ぐに戻ることをせず、女官に言った。



「気持ちいいから暫く日向ぼっこしてるー!梯子は後で戻すから、そのままにしといてー」

「分かった、落ちないようにねー」



女官は仕事を再開する為去っていった。
滅多に城の屋根に登る機会なんてない。またここなら誰にも見つからず、のんびり出来る。
束の間の休息と思いは残った。

数分後。

足音と会話が聞こえてくる。



「だーから、一歩前に出なきゃ始まんねぇだろ!」

「そ、そう言われても・・・・」

「(ん・・・・?この声は孫策と孫権?)」



音を立てないよう端に寄って、そーっと下を覗き見る。
すると孫策と孫権が何やら立ち止まって喋っているところだった。
何の話だろう・・・・・・は聞き耳を立てた。



「お前が度胸つける良い機会だずぇ!お前の良さは分かってる筈だから、な?」

「う、うん」

「よーしっ男に二言はないぞ!良い報告期待してるずぇ!」



強引に約束を取り付けると、孫策は元気にその場を去っていった。
残された孫権は、頷いたもののまだ決心がついてないのか立ち尽くしている。
・・・・・・何のことかは分かんなかったけど、何か悩みがあるのかな?
は驚かす意味も込めて、姿を見せずに声を掛けた。



「孫権〜」

「!?」



孫権はビクッと反応する。そして挙動不審に辺りを見渡した。
しかし誰の姿も見つけられず、再び聴こえる声にパニックになる。



「そーんけーん」

「だ、誰!?どこだ!?」

「ここー」



怯える孫権が逃げ出してしまっては困るので、早めには屋根から顔を覗かせる。
しかし孫権はまだ気付かない。



「ど、どこなんだぁああああっ」

「ここだってばー」



仕方なく、その場に立って見下ろせば、ようやく気付いた孫権が絶叫した。



「ぎゃああああ危ないいいい!!」

「大丈夫だよ」



万が一落ちても死ぬ高さではない。
それに普段孫権達の方が平気で高いとこ上ったり飛んで落ちたりしているではないか。
・・・・・・・ゲームの話であって目の前の孫権がアグレッシブにそんなことするイメージはないが。
は孫権を落ち着かせる為その場に座り、平然な顔して、身振り手振り平気だということをアピールした。
しかしパニック状態の孫権に状況判断をする余裕はない。



ー!死んじゃ嫌だー!」

「いや、死なないって」

「不満があったなら言ってくれー!全部直すからぁああ!」

「じゃあ落ち着け」



呆れて鋭く言い放つと、ピタッと孫権の動きは止まった。
自分で言った後だからか、の言葉を素直に受け入れる。
孫権は涙をポロポロ零しながら必死になっていて、その様子に、思わずは笑ってしまった。



「ぷっ、はは!死ぬ気もないし、本当に大丈夫だから」

「・・・・・でもっ・・・そこっ」

「梯子から上がってこれるから、孫権もおいでよ!」

「いっ!?」



孫権はたじろいだ。
ぶっちゃけ怖い。高い所と狭い所は苦手だ。
狭い所は他に人がいれば良いが、高い所は関係ない。



「あ、その、が、降りてこないか?」

「えー、上気持ちいいよ」



は微動だにせず突っ返した。
に降りる意思はあまりない。
人を見下ろしたり、こっそり盗み聞きも出来たりして楽しいことが分かったので、せっかくの機会だ、もうちょっと味わっていたい。
普段であれば、まさしく今の孫権みたいに止められる可能性が高いのだ。
再びは、柔らかく丁寧に説得を試みた。



「大丈夫だから、おいでって」

「うぅ・・・・・」



それでも孫権はまだ渋ってしまう。怖い。梯子は突風でぴょーんと倒れてしまいそうだし、屋根上は滑りやすそうだし、辿り着くまでの道がとても長く感じる。
もちろん、と一緒にいたいという思いも強い。この気持ちに嘘はない。
ふと脳裏についさっき兄から受けた助言が過ぎる。

一歩前に出るんだ、度胸をつけるんだ。
前に一歩踏み出せ、踏み出せ、踏み出すんだ自分!!

孫権は梯子を見て、次にを見る。
目が合うと、はニコッと笑ってくれた。
それが嬉しくて、孫権に力を与える。



「わ、分かった、今行く」

「よしっ、気をつけてね」



孫権の決意を見て、は上から梯子を押さえた。
男1人支えられる自信はない為気休めにしかならないが、孫権の恐怖を少しだけでも和らげることができるだろう。
孫権は一歩一歩慎重に梯子を上った。
上に辿り着くと、が手を差し伸べ待っていてくれる。

恥ずかしいものの、しっかりの手を握って、孫権は屋根に上ることができた。

緊張し過ぎて、上ってみた後の足はガクガク、心臓も呼吸も荒く、鼓動を整えるので精一杯。
それでもふぅーっと一息ついて、少し落ち着いて余裕が出来れば、がケラケラ笑っているのに気が付いた。



「ほら、大丈夫だったでしょ?」



が眩しく温かい。
孫権にとって、は新しい扉を開いてくれる光。
世界を広げてくれる光。
兄妹や周りのように強引に押すのではなく、横に並んでくれて、そっと視界を広げてくれる。
がいるから頑張れる。
の為に頑張れる。

あぁ本当・・・・・・私はが・・・・・・

のことを考えれば考える程顔が赤くなっていく。
しかも目の前には当の本人がいる。どういう顔をすればいいのか。分からないし、考えたところで上手く作れないので意味がない。
結局顔を下げて、見ないようにする。再び、今度は違う理由から鼓動が早くなっていく。
発散しようのない、モヤモヤしたものが孫権の中に蠢く。どうにかなってしまいそう。やばい、やばい・・・!
様々な思いが交錯していっぱいいっぱいな孫権に、の言動は刺激が強い。
なかなか落ち着かない孫権が心配になって、は首を傾げて覗き込むように孫権を見る。



「孫権?」



それが引き金になった。
衝動的に、孫権はを抱き締めた。



「えっ?」

「・・・・・・・・・・!!!」



孫権も、も固まる。
しかし内心、孫権はこれまでにないパニックを起こしていた。
うわあああああああ何で私はに抱きついて・・・・・!!!ごめんなさいごめんなさいっこの後どうしよおおおおおおと、勢いに任せてとんでもないことをやってしまった気がして、孫権の顔は真っ赤、頭は真っ白になる。
本当に、何故急に抱きつく程の勇気が出たのか。たぶん勇気が出た訳ではなく、本能的に、脳が指示した訳ではなく体が勝手に動いてしまった、が正しいのだろう。
自分でも分からない行動に、冷や汗が止まらない。
どうしよう、どうしよう!どうすれば良いのだ私、どうすれば良いのだ兄う・・・・
兄や妹ならどんな助言をするか、妙にリアルに孫権は想像してしまって、頼る思考を遮断した。

彼らならこう言う、そのまま押し倒しちゃえ☆

そそそそそそそそれはない!うん、ない!ないない!
しかし、拒否反応を示さないに、孫権はその思考を完全否定することが出来ない。
直ぐに拒絶したり、今もこうしていても嫌がっている素振りが見えない。ということは、もももも、もしかして・・・・!?
希望の光がチラホラ頭を掠める。こ、これは、両思っ

しかしあっさりと、その思惑はへし折られた。



ポンポンポンポン



が、まるで幼い子供にするように孫権の背中を優しく叩く。
最初触られたことにビクッと反応した孫権だったが、次第にそれが何か違うものだと気付いて冷静になっていく。
・・・・・・・・・私、あやされてる?



「あ、あの・・・・・・・?」

「いや、ごめんね?孫権がそこまで怖がってたとは思わなくて



ポンポンポンポン



は孫権が高い所を怖がって抱きついてきたと勘違いしていた。




・・・・・・・・・・・・・・・。



途端に沸き起こる、恥ずかしさ。
一方的な、無駄な葛藤。すっかり自身の虎は萎縮して、ただただ羞恥だけが孫権を覆いつくす。
赤くなるのは顔どころではない、全身、目・鼻・口・細胞とありとあらゆる穴から湯気が出て。



ボンッ



孫権は沸騰した。
気を失い全ての力が抜けから放れると、そのまま体は後方、空中へと放りだされる。
尋常じゃない孫権には悲鳴をあげて慌てて両腕を掴んで支えた。



「ぎゃーーー!?そ、孫権!なにっ、どうしたの!?」



いきなり孫権の様子がおかしくなっては焦る。
触れた腕は熱くなっており自分が火傷しそうなほど。
こんな仄かな天気で日射病!?
なんとか孫権が落ちないよう引っ張っているが、きつい、の力じゃ持ち上げられない。
は力いっぱい叫んだ。



「周泰ーーー!!」



周泰、それは孫権がピンチの時に使う合い言葉。
本人であれば、別にピンチでなくても唇がシュウタイと動けばやt(略
の声を聞き周泰がどこからともなくやってきた。
が見たのは屋根より高い位置から降ってきた周泰だが、そんなことはどうでもよく、直ぐに周泰は孫権を救い担ぎ上げた。
相変わらずの仕事っぷりに敬服します。
周泰はその場でに一礼すると何故こうなったかの追求もせず去っていった。

台風が過ぎ去っていったかの如く、辺りが急に静かになる。
孫権が心配だが、周泰に任せたので大丈夫だろう。色々腑に落ちないが。



「・・・・・・・・・・・・戻ろう」



は慎重に梯子を使って屋根から降りた。






孫権がにアプローチ出来るようになるのはまだまだ先。
でも一歩ずつ前進しているのは確かで、彼の思いが実を結ぶ日はくるかもしれない。










END









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菜保様への捧げ物。








更新日:2009/05/30