赤にはご用心
今日は軍師達の勉強会。
もちろん陸遜も参加するので朝から居ない。
その為かの仕事もお休みになり、は久しぶりにぐっすり2度寝をし、遅い朝食もしくは早い昼食へ垂れ込もうと廊下を歩いてる時だった。
ふと中庭が視界に入ったところで、ある人物を発見した。
趙雲だ。
趙雲がぼけら〜っと中庭にある池の前に座り遠くを見ている。
うおぅっ、あの趙雲だ!どの、と聞かれると色々有りすぎるぐらい有名な、趙雲だ!
マジマジと見れば見るほど、生で見れた感激と、一体あの人何やってんだという現実がの思考を占めた。
う〜、話しかけ、話しかけてみたいが、なんつーか妙な空気を漂わせてるような・・・・・
が声を掛けるのに躊躇っていると、その視線に気付いたのか趙雲が振り返った。
パッと目が合う。
ビクッとが反応し、上擦った声で、こんにちは〜と挨拶すると、彼はやんわり微笑んでくれた。
「こんにちは。えと・・・・・・殿、ですよね?」
「あ、はいそうです!よくご存知で」
「えぇ、馬超殿の件大変でしたからね。それに歓迎の宴の時も印象的で」
「あはははははは」
色々思い出したくない記憶のような、というか主に晒していたのは醜態なので、は引き攣った笑みを浮かべた。
蜀が来てからも、平和そうに見えて色々やらかしている。
っていうか蜀将を巻き込んでるので絶対騒動が大きいものになっている。
恥ずかしい。だ、だめだ他の話題!とは話を変えた。
「ところで何やってたんですか?」
「あ、いや・・・・・・鍛錬も終わって時間を持て余してしまって」
恥ずかしそうに照れる趙雲。
それでふらふら歩いていたら庭を見つけたので、下りたら思いの外日光が気持ち良く、ぼーっとしていた、という訳だ。
趙雲ともあろう者が目的もなくふらつきボケッとしているなど、不思議で可笑しい話だ。
はクスリと笑う。
「要は暇なんですね」
「えぇまぁ。殿は?仕事の最中では?」
「それがお休みなんですよー」
人の良い笑顔を浮かべおちゃらけては言う。その様子に趙雲も微笑んだ。
「では暇なんですね」
「えぇまぁ」
真似し合って、笑った。
は趙雲のノリの良さが意外だと感じるも嬉しかった。気が合うのかもしれない。
もっと喋ってみたかった。
「あの、ちょっと私と時間潰しませんか?色々蜀のこととか聞いてみたい」
「私で良ければ、構いませんよ」
趙雲も言おうかと思ってた提案、断るわけがない。
は移動するのが面倒なので塀を越えて庭に下りようかと思ったが、その前に当初の目的がまだだよー、と体が訴えた。
ぐーぎゅるるる
「っ!?・・・・・す、すみません、実はご飯まだで」
お腹が鳴った。
が恥ずかしさで顔を赤くし俯くと、趙雲は食堂で話しましょうかと小さく笑いながら顔を綻ばせ、の元まで移動してきてくれた。
それから食堂に移動する最中、改めて趙雲から自己紹介をしてもらい、着いてからは1人だけ料理を頼んで卓を囲んでいた。
中途半端な時間なので周りに人は少ない。2人はゆっくり話が出来た。
「趙雲さんは呉にくるの何度目ぐらいなんですか?」
「えーっと・・・・・5回目ぐらいかな?下手すると1年に2度来てますからね」
はははと趙雲は苦笑いする。それは多い・・・・・・よな。うん。戦したこともある敵国なら尚更。
しかもこれは趙雲が呉に来た回数であって、呉の誰か(主に孫堅)が蜀に行く回数は含まれていないのである。
どんだけ交友的なんだろうかこの両国は。
趙雲は呆れている側なので、陸遜と良いお友達になっていそうだ。
その光景を想像して、は小さく笑う。
「本当に呉蜀は仲良いみたいですねー、まぁ私としてもその方が嬉しいんですけど」
「何故です?」
「そりゃ戦に関わりたくないですもん!趙雲さんだって無駄な争いはしたくないでしょう?」
「は、はぁ・・・・」
力説するに、趙雲は一瞬戸惑った。
生まれた時から乱世に身を置き、武を磨いてきた。戦なんてものはとても身近にあるものだ。
そりゃ確かに無駄な争いはしたくないし、その為に今こうして蜀に将軍としているわけだが、こうも面と向かって話す者はなかなかいない。
しかも単に戦嫌いなのではなく、呉蜀の仲良し説を出してきた。もしかしたら魏についても似たようなことを言うかもしれない。
肉まん(何か得体の知れない赤いもの入り)を美味しそうに頬張る彼女は、他の誰も持ってない、不思議な雰囲気を纏っていた。
とりあえず、見ていて和む。
「あ、殿。口の周りに・・・・・」
そう言って趙雲は卓に置いてあった布を持ちに渡すのではなく、の頬に片手を添え自らの手で拭いた。
趙雲はつい、阿斗にやる気持ちで手を出してしまったのだが、あまりに自然なその動きには固まる。
えっ、ちょ、うわ恥ずかしい・・・・!!!
この歳でしかも趙雲にこんなことされるとは思いもせず、顔が紅潮し動けないでいた。
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「陸遜殿、足が速すぎます。陸遜殿、私が迷ってしまいま」
「既にこの城の地図は粗方頭に入ってるくせに何言ってんですか」
陸遜は競歩とも取れるペースで後ろの姜維なんか気にすることなく歩いていた。
向かう場所は食堂。
勉強会中に諸葛亮が小腹空いたと呟いたので、それなら全員分の軽食をと若輩である陸遜と姜維が貰いに行くことになったのだ。
女官に任せれば良い話だが人払いしていたし、陸遜達が行った方が手っ取り早い。
別に急ぐ必要もないが、ただ並んで歩くのが嫌なので陸遜は早歩きをしていた。
辿り着いて食堂の入口に足を踏み入れる。
と同時に、視界にあるものが飛び込んできた。
思わず動きを止めそのまま入口で立ち止まる。
「何やってるんですか?」
姜維が追いつき突っ立ってる陸遜を不思議そうに見る。
陸遜の視線が一点で止まっているので姜維もその先を追って見ると・・・・・・
殿が、趙雲殿と、
く、口づけしてるぅうう!!!?
そう見えた。
実際はただ口周りを拭いてるだけでくっついてはいないが、2人の視角からは趙雲、その奥にがいて、口の辺りが重なって見える。
「きっ!!?」
ダンッ
姜維はその場で叫びかけるも、陸遜が姜維の胸倉を掴み壁に叩きつけ防いだ。
完全に八つ当たりであるが、陸遜は怒りの矛先を姜維に向ける。
「どういう事ですか?あなたの国は手を出すのが早いですね」
「私だって知らん!!まさか趙雲殿が興味を持つとは思わなかった!趙雲殿のあほんだら!」
姜維は涙目になりながら訴えた。
どうやら本当に想定外らしい。それは陸遜も同じだ、趙雲の事はそんなに知らないが、女垂らしであるとかそういう話は全く聞いたことない。
ということは、無理矢理ではない・・・?両人承諾の上で、だとぉ・・・・!?
いやそんなことはない、はそんな甘い感じのことは一切ない、あの子色気もなにもないもの、いきなりあんな発展するわけない!
陸遜が悶々と考えている事を、姜維も多少違うが感じ取ったらしく、2人はダラダラ汗をかいた。
訳が分からない、分からない、が!!!!
「どうやら貴方と無駄な時間を費やしてる暇はないようで」
「それは同感」
ジッと見つめ合い意思疎通すると、2人は直ぐに目標を問題の彼らに変えた。
陸遜にも姜維にも、隣の奴より趙雲の方が厄介だと認識させたのである。一旦和解、同盟締結!
先に動いたのは姜維だった。
「お、二、人、と、も!こんな所で何やってるんですか〜?」
「「!?」」
突然の姜維の登場にと趙雲はビクッと反応しサッと身を引き綺麗に背筋を伸ばした。
笑顔で姜維はやってきた訳だが、その行動がカチンとくる。何か気まずい的な、見られてまずいことしてました、的な。
実際2人は既に顔を離していたし恥ずかしい面もあった訳だが、動きの理由は主に姜維だ。
青筋浮かんでひきつりながらも必死に笑顔を繕う姜維が異様な重圧をかけている。
そんなことされちゃ誰だって身を改めたくなるだろう。
そのことに気付かない姜維は、とりあえず趙雲の隣に座った。
「は、話をしていただけだが・・・」
「へぇーここは食べる場所であって殿はまだしも趙雲殿は何も食べてないではないですか」
「別にお腹も空いてな」
ギロッ
ものっ凄い勢いで睨まれ趙雲は押し黙った。
言い訳すんじゃねーよと顔が訴えてる。
もちろん、姜維は趙雲にしか向けていないがもバッチリ見ていて、恐くてひたすら黙っていた。
そこにもう1人、恐怖がやってくる。
「美味しそうなもの食べてますね。こんな時間に食事とは、まさか朝食ですか・・・・?」
笑 顔 の 陸 遜 が 現 れ た
はこの笑顔を知っている。怒ってる笑顔だ。ランクでいうと2番目、悪魔の怒りだ。
ちなみに3番、軽いのが露骨に嫌な顔したり舌打ちする普通の陸遜、2番が仮面の笑顔をはっつけた今みたいな悪魔、1番がこの前の目据わった魔王だ。
もう陸遜の怒り具合もバッチリだぜ☆とどうでも良い事を説明する暇なんてありませんよねごめんなさい。
ただ何故こうも怒っているのか、には見に覚えのない為分からない。しかも行動が不可解だ。
「厨房ー!殿と同じ肉まんを、10人前お願いしますー」
「はいよー!」
陸遜はの隣に座って料理を頼んだ。
ななな何で陸遜まで座る!しかも10人前の料理を食べる気!?余計には分からない。
本当のところ陸遜は怒っているというよりも趙雲に対し威嚇する為の笑顔であり、料理も本来の目的を忘れていない軽食なのだが、まぁこの際何でも良いだろう。
只ならぬ空気が4人の周りを覆った。
く、空気が重い・・・・・!
と趙雲は冷や汗をダラダラと掻いた。何なんだこの2人は。姜維も陸遜も笑顔を崩さず、ジッと趙雲を見ているようである。
2人に視線を送られ趙雲はとても気まずい。あああああなんか趙雲が可哀想。
先程のこともあり口を開くのは恐いが、この無言の空気にも耐え切れず、恐る恐るは尋ねる。
「あの・・・・・勉強会は終わったの?」
「あっ殿は食べてて良いですよ!」
「うん、それより」
「それより趙雲殿は鍛錬は終わったのですか?」
「えっ、えぇまぁおかげさまで」
の質問は姜維にスルーされ陸遜によってあっさり遮断された。
何だこの連携プレー。せっかく勇気を出して聞いたのに。
は再び無言になって、仕方ないから残りの料理を頬張りつつ見守ることにした。
趙雲と陸遜は見た目で言えば穏やかに会話しているのだが、この空気が変わらないのが引っ掛かる。
「趙雲殿、座り心地悪いんでもっとずれてもらえますか」
「え?あ、あぁ」
「趙雲殿でしたらやはりこんな城内の鍛錬場よりも蜀の自然な地形でやった方が為になるのでは?」
「いえ、そんなことはないですけど」
「趙雲殿、殿の前に座りたいのでもっとずれてもらえますか」
「・・・・・・・・・・・」
陸遜と姜維、と趙雲が正面同士だった席が、陸遜、と姜維、趙雲まで移動して不思議な状態になった。
しかも陸遜と会話しているのにどんどん離れて、喋りにくそう。
・・・・・・・・・・・・これなんて趙雲イジメ?・・・・・・・・・イジメ?というほどでもない気はするが。
は色々ツッコミたいことが胸の内にグルグル回っていたが、陸遜と姜維が全く悪びれてないというか自然なので、無駄に思えた。
趙雲もさぞや複雑であろう。姜維は地味で微妙な、嫌がらせとも取れるが小さい事であるし、陸遜は悪気がないかもしれないが、姜維と醸し出す雰囲気は一緒だし。
まぁ一番は何がしたいか分からないってところにあるんですけどね。
そんなところに、厨房から料理が届いた。
「はい!特製唐辛子入り肉まん10人前な!お代は陸遜様が?」
「いえ、周瑜殿が。後で請求してください。それとお皿も人数分お願いします」
「へいよ!」
ほくほくの肉まんがずらっと10人前、とりあえず卓に並べられる。
ここで食べるのかと思っていたがそうでもないらしく、陸遜と店員のやり取りには首を傾げる。
そこへもの凄い勢いで姜維はの手を握り、驚いては持っていた箸をポロッと落とした。
「っ!?な、なに!?」
「殿、残念ですがもう行かなくてはなりません!ゆっくり食べててくださいね!」
「もう食べ終わるけど」
「趙雲殿は暇ですね?」
「え?」
「暇ですね。ならば私共の手伝いを、ほらこれを持って!」
姜維は勝手に話を丸め込むと、無理矢理趙雲に料理を持たせた。
押し付けられれば、食べ物が乗っている以上乱暴に扱えないし、持つしかないのだ。
陸遜と姜維は立ち上がると、それぞれ自身も料理や皿を持ち、移動する準備をした。
「行きますよ。では殿、またー!」
姜維は今までのオーラを吹き飛ばしたバッチリ笑顔をに見せてから、まだ困っていた趙雲の首根っこを掴んで引っ張り出した。
と趙雲は唖然とするが、そのまま姜維は歩き出す。
「えっちょ、待っ」
「姜維!に、肉まんがぁあ!」
容赦なくズルズル引きずられバランスを失い、趙雲の思考は第一に落ちそうになる肉まんに集中した。
どんな体勢に、どこに体をぶつけようと肉まんを死守する武将の姿に、は違う意味で言葉を失っていた。
それを見ていた陸遜が、何事もなかったかのように言う。
「ほら、間抜け面をしない。明日は普通に執務なんですからちゃんと朝起きて下さいね」
「陸遜!?何で趙雲さん連れていったの!?」
「それは色々お話したいことがあるからですよ。殿にも聞きたいことがありますが」
その言葉に、表情にビクッとは反応する。
ニッコリ笑った陸遜は、最初の、張り付いた仮面の悪魔だった。
「明日の執務中に残業でもしながらじっくりと。逃げたらどうなるか分かってますね・・・?」
ぎゃああああああああああああああ
だから何にもしてないよねええええええええ
は頭を抱えて卓に突っ伏していたが、そんな事気にせず陸遜は食堂を出た。
少し歩いて曲がった先で、姜維が趙雲を脅している。
「この期に及んで何もしてないと言うんですか!!?」
「してない!絶対してないぞ!!」
「嘘をつくな!私はこの眼で見た!趙雲殿が殿と口付けしてるところを!!」
「はぁあああああああああ!!?」
趙雲は思わず素っ頓狂な声を上げる。そして顔を赤らめた。
そう、本来趙雲はこういう色恋沙汰にうとい筈だ。経験がないわけじゃないだろうに、未だに照れるところがある。
姜維の尋問に陸遜も加わった。
「私も見ました。どういうことか説明していただけますか趙雲殿?」
「殿とは今日会ったばかりで、そんな事する訳ないだろう!!」
「返答次第では」
陸遜は料理を片手で持つと、空いた手で護身用の短剣を取り出し趙雲に突きつけた。
「容赦しませんよ・・・・?」
「だ、だからしてないと言ってるじゃないかー!!!」
「口付け以外にあんなに顔近づけることがありますか!!」
「顔!?近づけって・・・・・・・・・・ああ!!」
趙雲は何か思い当たるものがあったのか、一際声を張り上げた。
ジッと陸遜と姜維が詰め寄る。
すると彼は、アッサリ言った。
「口の周りを拭いてあげた時にちょっと近づきましたけど」
阿斗様を思い出しちゃって、それを見間違えたのでは?あははっと趙雲の声は明るくなった。
逆に今度は陸遜と姜維が素っ頓狂な声を出す。
「はぁ!?」
「ほ、ほんとですか・・・・?」
「嘘をついてるように見えますか?」
「でもなんかムカつくので一発殴らせてください」
「ぐはっ!!?」
姜維は趙雲の腹を一発殴った。
********************
「すみません、お待たせ致しました」
「時間が掛かりましたね。それ程の品と期待しておりますよ」
誤解がとけて足早に戻った2人は、待たせていたことで慌てていたが、しかし表情は晴れていた。
ひとつひとつ皆の前に肉まんを並べる。
それぞれ心待ちにしていた面々はさっそく手に取り口にくわえた。
ここでふと、姜維はあることを思い出した。
「あれ?陸遜殿、この肉まんって・・・・・・」
「・・・・・・あっ」
そういえば、それどころじゃなかったから物なんて気にしてなかったけど、と同じものを頼んだこれは特製唐辛子肉まん。
激辛だ。陸遜も食べた事があるが、辛すぎて食べ物でもなかった気がする。
の場合、辛い物が好きということに加え、必須ともいえる優しい味わいのスープを飲んでいたので、辛さが調和され平気だったのだが、
この肉まんだけを頬張ると・・・・・・
「ぶほぁーーーーーーーーっ!!」
「辛ぇーーーーーーーーー!!!!!」
その日初めて、姜維は敬愛する諸葛亮が顔を真赤にさせて火を噴くのを見た。
END
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言い訳
誤解だと分かったんで、次の日のヒロインへの尋問は実行されませんでしたが、
虐めることは忘れない陸遜です。ある意味愛情表現です(殴)
趙雲登場でした!
奴は短編の方でぶっ壊れてるので、こっちではちょっと控えめ、普通のキャラっぽいです
(あくまでぽいだけですが)
完全被害者趙雲でした。でも変にぶっ壊れてない分、ヒロインとフラグが立ちやすそう。
ってことで、陸遜と姜維に手を組ませたくてこんな話に。
更新日:2009/04/06